GS形式
参考文献:K. Becker, M. Becker, J. Schwarz, "String Theory and M-Theory", Cambridge University Press, 2007.
GSO射影の後,10次元RNS超弦のスペクトルは各質量レベルでボソンとフェルミオンが同じ数存在する.これは理論が時空の超対称性を持つという強い状況証拠である.ただしこの対称性はRNS形式では極めて不明瞭である.このことは時空の超対称性が明示化される別の定式化が存在するはずだと示唆する.本稿は超弦理論のGreen-Schwarz(GS)形式を記述することから始め,これを実現する.
ボソン弦理論は弦の世界面を時空へ写す写像によって定義されているため,考えるべき自然な超対称性の一般化は世界面を超空間へ写す写像に基づく.その結果,基本的な世界面場は $$ X^{\mu}(\sigma,\tau),\quad \Theta^a(\sigma,\tau) $$ となる.これはGS形式で実装されているアプローチである.
GS形式はRNS形式と比べ利点と欠点がある.GS形式の基本的な欠点は,時空のLorentz不変性を明示的な対称性として保持したまま世界面作用を量子化することが非常に困難である点にある.しかし光円錐ゲージで量子化することは可能であり,これは物理スペクトルの解析に十分である.またtreeレベルと1ループの振幅を調べるのにも十分である.GS形式の利点は,GSO射影が任意の切り捨てを行うことなく自動的に組み込まれており,時空の超対称性が明示される点である.さらにRNS形式と対照的に,ボソンとフェルミオンの弦は単一のFock空間に統一される.
目次
D0ブレーンの作用
まずウォームアップとして,GS形式の超弦理論といくつかの特徴を共有するがよりずっと単純な問題を扱う.具体的には質量$m$の点粒子の時空超対称な世界線作用である.特に興味のある例はD0ブレーンと呼ばれるもので,IIA型超弦理論における非摂動論的励起状態として現れる質量のある点粒子である.D0ブレーンはより一般的なD$p$ブレーンの特殊例で,それらは次の稿で扱う.
Minkowski時空における質量のある点粒子の作用は次の形をとることを思い出そう: \begin{equation}\label{5.2} S=-m\int\sqrt{-\dot{X}_{\mu}\dot{X}^{\mu}}d\tau \end{equation} ここでの目的は,時空で超対称的な質量のある点粒子を記述するこの作用の一般化を見つけることである.任意の個数$\mathcal{N}$の超対称性は,$A=1,\dots,N$を添字とする反交換するスピノル座標$\Theta^{Aa}(\tau)$を導入することで記述できる.添字$a$は$D$次元における時空スピノルの成分を表す.一般のDiracスピノルの場合,$a=1,\dots,2^{D/2}$($D$が偶数の場合)となる.以下ではスピノルをMajoranaと仮定する.これは多くの興味ある場合に当てはまり式を簡潔にする.例えば$\bar{\psi}_1\Gamma^{\mu}\psi_2=-\bar{\psi}_2\Gamma^{\mu}\psi_1$ のような恒等式が使える.重要な10次元の場合にはMajorana-Weylスピノルが存在するため,Weyl制約を同時に課すことができる.
超対称性は超空間の無限小の超対称変換として表現できる. \begin{align*} \delta\Theta^{Aa} =& \varepsilon^{Aa} \\ \delta X^{\mu} =& \bar{\varepsilon}^A\Gamma^{\mu}\Theta^A \end{align*} ここで添字$A$の縮約が暗黙に行われている.超対称性は従来の時空の対称性の非自明な拡張である.特に,簡単な計算により2つの無限小超対称変換の交換子が $$ [\delta_1,\delta_2]\Theta^A=0,\quad [\delta_1,\delta_2]X^{\mu}=-2\bar{\varepsilon}_1^A\Gamma^{\mu}\varepsilon_2^A=a^{\mu} $$ と与えられることがわかる.
これは,2つの微小な超対称変換の交換子が$X^{\mu}$の微小な時空平行移動$a^{\mu}$を生じさせることを示している.超対称変換をPoincaré群に付け加えて得られる超群は超Poincaré群と呼ばれ,その生成子は超Poincaré代数を定める.これらは以下の式で明示される.これらの変換は世界線作用の大域対称性であるため,$\varepsilon^{Aa}$は$\tau$に依存しない.
超対称作用を構成するため,超対称結合を定義する: $$ \Pi_0^{\mu}=\dot{X}^{\mu}-\bar{\Theta}^{\mu}-\bar{\Theta}^{A}\Gamma^{\mu}\dot{\Theta}^A $$ 下付き字0は両項が時間微分を含むことを示す.対応する式はD$p$ブレーンについては次の通り: $$ \Pi_a^{\mu}=\partial_{\alpha}X^{\mu}-\bar{\Theta}^{A}\Gamma^{\mu}\partial_{\alpha}\Theta^A,\quad \alpha=0,1,\ldots,p $$ D0ブレーンの場合,$p=0$なので添字$\alpha$は0のみ取り得る.
$\Pi_0^{\mu}$は超対称変換に不変であるため,時空に対する超対称性を持つ作用は,作用\eqref{5.2}の$\dot{X}^{\mu}$を$\Pi_0^{\mu}$に置換することで構成できる. $$ \dot{X}^{\mu} \to \Pi_0^{\mu} $$ その結果,次の作用が得られる: $$ S_1=-m\int\sqrt{-\Pi_0\cdot\Pi_0}d\tau $$ この作用は大域的な超Poincaré変換および世界線の局所的な微分同相変換に対して不変である.
D0ブレーンはIIA型超弦理論に現れる質量を持つ超対称的な点粒子である.したがってこれは10次元の理論なので,以下では$D=10$を仮定する.IIA型超弦理論は時空に対して$\mathcal{N}=2$の超対称性を持つため,2つのスピノル座標$\Theta^{1a}$と$\Theta^{2a}$が存在し,これらはどちらもMajorana-Weylで互いに逆のカイラリティを持つ.Majorana(ただしWeylではない)スピノルを次のように定義できる: $$ \Theta=\Theta^1+\Theta^2 $$ 各カイラリティへの射影によって$\Theta^1$と$\Theta^2$を得る: $$ \Theta^1=\frac{1}{2}(1+\Gamma_{11})\Theta,\quad \Theta^2=\frac{1}{2}(1-\Gamma_{11})\Theta $$ 前の稿にあるように $$ \Gamma_{11}=\Gamma_0\Gamma_1\cdots\Gamma_9 $$ は$\Gamma_{11}^2=1$を満たし,$\{\Gamma_{11},\Gamma^\mu\}=0$である.この場合,反対のカイラリティを持つスピノル同士の交差項は消えるため,次のように書ける: $$ \Pi_0^{\mu}=\dot{X}^{\mu}-\bar{\Theta}\Gamma^{\mu}\dot{\Theta} $$
作用$S_1$単独では望ましい理論を与えないことがわかる.これは$X^{\mu}$と$\Theta^A$に対応する運動方程式を導くことで確認できる.$X^\mu$の正準共役運動量は \begin{equation}\label{5.14} P_{\mu}=\frac{\delta S_1}{\delta \dot{X}^{\mu}}=\frac{m}{\sqrt{-\Pi_0\cdot\Pi_0}}(\dot{X}_{\mu}-\bar{\Theta}\Gamma_{\mu}\dot{\Theta}) \end{equation} である.$X^\mu$の運動方程式は $$ \dot{P}_{\mu}=0 $$ を意味する.運動量の全ての成分が独立というわけではない.式\eqref{5.14}の両辺を二乗すると質量殻条件 $$ P^2=-m^2 $$ が得られる.一方,$\Theta$の運動方程式は \begin{equation}\label{5.17} P\cdot \Gamma\dot{\Theta}=0 \end{equation} である.これに$P\cdot\Gamma$を掛けると$m^2\dot{\Theta}=0$となるため,$m\neq 0$の場合は$\dot{\Theta}=0$を得る.これは一見問題ないように思える.しかし質量ゼロの場合には因子$P\cdot\Gamma$が特異になり,これはBPS境界の飽和に対応し,超対称性の増強を反映している.このことは,質量のある場合にもBPS飽和と超対称性の増強を保証するために,作用にもう一つ寄与する項が欠けている可能性を示唆する.
作用にもう一つの寄与があり,式\eqref{5.17}が次の形に変わると仮定する: $$ (P\cdot\Gamma+m\Gamma_{11})\dot{\Theta}=0 $$ この方程式は$\Theta$の成分の半数だけを定数にすることを強制し,他方の半数にはまったく制約を課さない.その理由は,$P\cdot\Gamma + m\Gamma_{11}$の固有値の半数がゼロであるからである.これを示すためにその2乗を考えると $$ (P\cdot\Gamma+m\Gamma_{11})^2=(P\cdot\Gamma)^2+m\{P\cdot\Gamma,\Gamma_{11}\}+(m\Gamma_{11})^2=P^2+m^2=0 $$ したがって独立な方程式の数は$\Theta$の成分数のちょうど半分にすぎない.これは局所的なフェルミオン的対称性が存在し,$\Theta$の成分の半分が実際にはゲージ自由度であることを示唆する.
この追加項を運動方程式にもたらす作用への欠けていた寄与は次である: $$ S_2=-m\int\bar{\Theta}\Gamma_{11}\dot{\Theta}d\tau $$ この項の符号の選択は任意である.この符号がD0ブレーンを記述するならば,逆の符号は反D0ブレーンを記述する.まとめると,質量$m$を持つ点粒子の時空に対する超対称な完全な作用は $$ S=S_1+S_2=-m\int\sqrt{-\Pi_0\cdot\Pi_0}d\tau-m\int\bar{\Theta}\Gamma_{11}\dot{\Theta}d\tau $$ である.
kappa対称性
脚注
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