滑らかな多様体論
本稿は主に Lee の教科書 [Lee02] に基づいている.また日本語の文献として主に[松本88,中原18]を参考にしている.
「滑らかな多様体」とは局所的にはEuclid空間$\mathbb{R}^n$のように見え,かつ微分や積分ができる空間である.身近な例としては,Euclid空間そのものや,円や放物線のような滑らかな曲線,球面やトーラス,放物面,楕円体,双曲面などの滑らかな曲面である.より高次元の例としては,$\mathbb{R}^{n+1}$内の原点から一定距離にある点の集合($n$次元球面)や,Euclid空間の間の滑らかな写像のグラフなどがある.
より単純な多様体は「位相多様体」であり,これは「局所的に$\mathbb{R}^n$のように見える」という性質のみを持つ位相空間である.しかし,多様体の重要な応用の多くは微積分を伴う.例えば,多様体論の幾何学への応用では,体積や曲率といった性質が関わる.通常,体積は積分によって計算され,曲率は微分によって計算されるため,これらの概念を多様体に拡張するには,多様体上で積分や微分を定義する手段が必須となる.古典力学では,多様体上の常微分方程式系を解くことが求められ,一般相対論では偏微分方程式系を解くことが求められる.
本稿は,位相空間論における基本的な概念は既知であることを前提とする.
目次
余接束
この節では,初等微積分では通常見られない構成を導入する.それは「余接ベクトル」であり,これは各点 $p \in M$ における接空間上の線形汎関数である.$p$ におけるすべての余ベクトルの空間は「余接空間」と呼ばれ,線形代数的には $T_p M$ の双対空間である.$M$ のすべての点における余接空間の合併は「余接束」と呼ばれるベクトル束となる.
接ベクトルが曲線の導関数を座標に依存しない形で解釈する手段を与えるのに対し,多様体上の実数値関数の導関数は,実は「余接ベクトル」として解釈するのが最も自然であることが分かる.このため,実数値関数の微分を余接束の滑らかな切断(余ベクトル場,すなわちコベクトル場)として定義する.これは座標に依存しない「勾配」の一般化である.続いて,滑らかな写像のもとで余ベクトル場がどのように振る舞うかを調べ,滑らかな写像の値域上の余ベクトル場は常に定義域上の余ベクトル場へ「引き戻し」できることを示す.
この章の後半では,余ベクトル場の線積分を導入する.これは初等微積分における線積分の自然な一般化である.その後,互いに密接に関連する3種類の余ベクトル場,すなわち「完全(関数の微分として表せるもの)」「保存的(閉曲線に沿った線積分がゼロになるもの)」「閉じている(座標で特定の微分方程式を満たすもの)」の関係を考察する.これにより,多様体上の線積分に対する微積分の基本定理の広範な一般化が導かれる.
余ベクトル
$V$ を有限次元ベクトル空間とする(通常通り,すべてのベクトル空間は実ベクトル空間であると仮定する).$V$ 上の余ベクトルとは,$V$ 上の実数値線形汎関数,すなわち線形写像 $\omega: V \to \mathbb{R}$ のことである.$V$ 上のすべての余ベクトルの空間は,点ごとの加法とスカラー倍という自明な演算によって,それ自体が実ベクトル空間となる.これは $V^*$ で表され,$V$ の双対空間と呼ばれる.
次の命題は,有限次元の場合における $V^*$ に関する最も重要な事実を示している.線形写像は任意の基底の元に対する値を指定することによって一意に定まることを思い出そう.
$V$ を有限次元ベクトル空間とする.$V$ の任意の基底 $(E_1, \ldots, E_n)$ が与えられたとき, $$ \varepsilon^i(E_j)=\delta^i_j $$ で定義される余ベクトル $\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n \in V^*$ を考える.ここで $\delta^i_j$ はKroneckerのデルタ記号である.このとき,$(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$ は $V^*$ の基底となり,$(E_j)$ に対する双対基底と呼ばれる.したがって,$\dim V^* = \dim V$ である.
例えば,これを $\mathbb{R}^n$ の標準基底 $(e_1, \ldots, e_n)$ に適用できる.双対基底は $(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$ で表され(上付き添字に注意),標準双対基底と呼ばれる.これらの基底余ベクトルは,$\mathbb{R}^n$ 上の線形汎関数であり,次のように与えられる: $$ e^i(v)=e^i(v^1,\ldots,v^n)=v^i $$ 言い換えれば,$e^i$ はベクトルの第 $i$ 成分を取り出す線形汎関数である.行列記法では,$\mathbb{R}^n$ から $\mathbb{R}$ への線形写像は $1 \times n$ 行列(行ベクトル)で表される.したがって,基底余ベクトルは,次の行ベクトルで表される線形汎関数と考えることもできる: $$ e^1=\begin{pmatrix} 1 & 0 & \cdots & 0 \end{pmatrix}, \quad e^2=\begin{pmatrix} 0 & 1 & \cdots & 0 \end{pmatrix}, \quad \ldots, \quad e^n=\begin{pmatrix} 0 & 0 & \cdots & 1 \end{pmatrix} $$
一般に,$(E_j)$ が $V$ の基底であり,$(\varepsilon^i)$ がその双対基底であるならば,任意のベクトル $v = v^j E_j \in V$ に対して,(縮約記法を用いると)次のようになる: $$ \varepsilon^i(v)=v^j\varepsilon^i(E_j)=v^j\delta^i_j=v^i $$ したがって,$\mathbb{R}^n$ の場合と同様に,$i$ 番目の基底余ベクトル $\varepsilon^i$ は,基底 $(E_j)$ に関するベクトルの第 $i$ 成分を取り出す.より一般に,任意の余ベクトル $\omega \in V^*$ は,双対基底を用いて次のように表せる: $$ \omega = \omega_i \varepsilon^i $$ ここで,成分は $\omega_i = \omega(E_i)$ によって定まる.$\omega$ のベクトル $v = v^j E_j$ への作用は $$ \omega(v)=\omega_i v^i $$ となる.
基底余ベクトルは常に上付き添字で,余ベクトルの成分は下付き添字で書く.なぜなら,そうすることで数学的に意味のある和が,常に添字の規約に従うことを保証できるからである.
双対写像
$V$ と $W$ をベクトル空間とし,$A: V \to W$ を線形写像とする.$A$ の双対写像または転置写像と呼ばれる線形写像 $A^*: W^* \to V^*$ を,$\omega \in W^*$, $v \in V$ に対して $$ (A^*\omega)(v)=\omega(Av) $$ で定義する.
双対写像は次の性質を満たす:
- $(A \circ B)^* = B^* \circ A^*$.
- $(\mathrm{Id}_V)^*$ は $V^*$ の恒等写像である.
ベクトル空間をその双対空間に,線形写像をその双対写像に送る対応は,実ベクトル空間の圏からそれ自身への反変関手である.
$V^*$ の次元が $V$ の次元と同じであるという事実の次に,双対空間に関する最も重要な事実は,第2双対空間 $V^{**} = (V^*)^*$ の次の特徴付けである.各ベクトル空間 $V$ に対して,次のように定義される自然で基底に依存しない写像 $\xi: V \to V^{**}$ が存在する.各ベクトル $v \in V$ に対して,線形汎関数 $\xi(v): V^* \to \mathbb{R}$ を $$ \xi(v)(\omega)=\omega(v) \quad \text{for} \quad \omega \in V^* $$ と定義する.
任意の有限次元ベクトル空間 $V$ について,写像 $\xi: V \to V^{**}$ は同型写像である.
前の命題は,$V$ が有限次元の場合,写像 $\xi$ は基底に依存せず標準的に定義されるため,$V^{**}$ を $V$ 自身と曖昧さなく同一視できることを示している.$V^*$ もまた(同じ次元の任意の2つの有限次元ベクトル空間は同型であるという単純な理由から)$V$ と同型であるが,$V \cong V^*$ となる標準的な同型写像は存在しないことに注意することが重要である.また,$V$ が無限次元の場合,命題の結論は常に偽であることにも注意されたい.
命題により,余ベクトル $\omega$ をベクトル $v$ に作用させて得られる実数 $\omega(v)$ は,より対称的に見える記法 $\langle\omega, v\rangle$ や $\langle v, \omega \rangle$ のいずれかで表されることがある.どちらの表現も,余ベクトル $\omega \in V^*$ のベクトル $v \in V$ への作用と考えることも,線形汎関数 $\xi(v) \in V^{**}$ の元 $\omega \in V^*$ への作用と考えることもできる.内積に同じ山括弧記法が使われることと混同すべきではない.引数の一方がベクトルで他方が余ベクトルである場合,記法 $\langle\omega, v\rangle$ は常にベクトルと余ベクトルの間の自然なペアリングとして解釈され,内積として解釈されることはない.通常,写像 $\xi$ には言及せず,$v \in V$ を文脈に応じてベクトルまたは $V^*$ 上の線形汎関数のいずれかとみなす.
有限次元ベクトル空間 $V$ の基底と双対基底の間には対称性がある:$V$ の任意の基底は $V^*$ の双対基底を定め,逆に,$V^*$ の任意の基底は $V^{**} = V$ の双対基底を定める.もし $\{\epsilon^i\}$ が $V$ の基底 $\{E_j\}$ に対する $V^*$ の双対基底であるならば,$\{E_j\}$ は $\{\epsilon^i\}$ に対する双対基底となる.なぜなら,両方の主張は関係式 $\langle\epsilon^i, E_j\rangle = \delta^i_j$ と同値だからである.
余接空間
次に,境界の有無を問わず滑らかな多様体 $M$ を考える.各点 $p \in M$ に対して,$p$ における余接空間を $T^*_p M$ と表し,$T_p M$ の双対空間として定義する: $$ T^*_p M = (T_p M)^* $$ $T^*_p M$ の元は,$p$ における余接ベクトル(または単に余ベクトル)と呼ばれる.
滑らかな局所座標 $x^i$ が開集合 $U \subset M$ 上に与えられているとき,各点 $p \in U$ において,座標基底 $\frac{\partial}{\partial x^i}\big|_p$ は $T^*_p M$ の双対基底を定める.この双対基底を一時的に $\lambda^i\big|_p$ と表記する(後でより良い記法を導入する予定).任意の余ベクトル $\omega \in T^*_p M$ は一意的に $\omega = \omega_i \lambda^i\big|_p$ の形で表される.ここで, $$ \omega_i = \omega\left(\frac{\partial}{\partial x^j}\bigg|_p\right) $$
次に,p を含む領域で定義された別の滑らかな座標系 $\tilde{x}^j$ を考え,$T_p M$ の基底として $\frac{\partial}{\partial \tilde{x}^j}\big|_p$ に双対な基底 $\tilde{\lambda}^j\big|_p$ を導入する.同じ余ベクトル $\omega$ の新しい座標系における成分を次のように計算できる.まず,座標ベクトル場が次のように変換されることを確認する: $$ \frac{\partial}{\partial x^i}\bigg|_p = \frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}\bigg|_p \frac{\partial}{\partial \tilde{x}^j}\bigg|_p $$ (ここで,適切に応じて,点 $p$ を $M$ 内の点またはその座標表示として表記している).$\omega$ を両方の座標系で $\omega = \omega_i \lambda^i\big|_p = \tilde{\omega}_j \tilde{\lambda}^j\big|_p$ と書き,$\omega_i$ を $\tilde{\omega}_j$ の成分で計算する: $$ \omega_i=\omega\left(\frac{\partial}{\partial x^i}\bigg|_p\right) = \omega\left(\frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}(p) \frac{\partial}{\partial \tilde{x}^j}\bigg|_p\right) = \frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}(p) \tilde{\omega}_j $$
滑らかな多様体論の初期の頃,現在使用している抽象的な座標によらない定義のほとんどが開発される前の時代には,数学者たちは点 $p$ における接ベクトルを,各滑らかな座標系に対して実数の $n$ 組を割り当てるものとして考える傾向があった.この $n$ 組は,2つの異なる座標系 $x^i$ と $\tilde{x}^j$ に割り当てられる $n$ 組 $(v^1, \ldots, v^n)$ と $(\tilde{v}^1, \ldots, \tilde{v}^n)$ が,すでに導出した変換法則によって関係付けられるという性質を持つ: $$ \tilde{v}^j=\frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}(p) v^i $$ 同様に,接余ベクトルは $n$ 組 $(\omega_1, \ldots, \omega_n)$ として考えられ,これは式により,次のわずかに異なる規則に従って変換される: $$ \omega_i=\frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}(p) \tilde{\omega}_j $$
座標偏微分の変換法則は連鎖律から直接導かれるため,これを基本的なものと考えることができる.そこで,接余ベクトルの成分が座標偏微分と同じように変換されることから,接余ベクトルを共変ベクトルと呼ぶのが慣例となった.具体的には,Jacobi行列 $\frac{\partial \tilde{x}^j}{\partial x^i}$ が「新しい」座標 $\tilde{x}^j$ に関連する対象に乗じられて,「古い」座標 $x^i$ に関連するものが得られる.同様に,接ベクトルは逆の方法で変換されるため反変ベクトルと呼ばれた(覚えておきたいのは,当時は成分の $n$ 組が関心の対象と考えられていたということである).確かに,これらの用語はあまり意味をなさないが,今では十分に定着しており,後で再び見ることになる.なお,ここでの共変・反変という用語の使い方は,圏論の共変・反変関手とは何の関係もないことに注意されたい.
余接束
境界の有無を問わない任意の滑らかな多様体 $M$ について,互いに素な和集合 $$ T^*M = \bigsqcup_{p \in M} T^*_p M $$ を $M$ の余接束と呼ぶ.これは,$T^*_p M$ の元 $\omega$ を点 $p \in M$ へ写す自然な射影写像 $\pi: T^*M \to M$ を持つ.上で述べたように,開部分集合 $U \subset M$ 上に滑らかな局所座標 $(x^i)$ が与えられているとき,各 $p \in U$ について,$(\frac{\partial}{\partial x^i}\big|_p)$ に双対な $T^*_p M$ の基底を $(\lambda^i\big|_p)$ で表す.これにより $n$ 個の写像 $\lambda^1, \ldots, \lambda^n: U \to T^*M$ が定まり,これらを座標余ベクトル場と呼ぶ.
余接束はベクトル束
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな $n$ 次元多様体とする.標準的な射影写像と各ファイバー上の自然なベクトル空間構造を備えることで,余接束 $T^*M$ には一意的な位相と滑らかな構造が入り,$M$ 上のランク $n$ の滑らかなベクトル束となる.この構造のもとで,すべての座標余ベクトル場が滑らかな局所切断となる.
接束の場合と同様に,$M$ の滑らかな局所座標は余接束の滑らかな局所座標を与える.
余接束の自然座標
$(x^i)$ が開部分集合 $U \subset M$ 上の滑らかな座標であるとき,$\pi^{-1}(U)$ から $\mathbb{R}^{2n}$ への写像 $$ \xi_i\lambda^i\big|_p \mapsto (x^1(p),\ldots,x^n(p),\xi_1,\ldots,\xi_n) $$ は $T^*M$ の滑らかな座標チャートとなる.$(x^i, \xi_i)$ を $(x^i)$ に付随する $T^*M$ の自然座標と呼ぶ.
この状況では,座標関数は上付き添字を持つという我々の主張を諦めなければならない.なぜなら,ファイバー座標 $\xi_i$ は,添字の慣例により既に下付き添字を持つことが要求されているからである.それでも,与えられた項で和を取るべき各添字が上付き添字と下付き添字として1回ずつ現れるという慣例は依然として成り立つ.
余ベクトル場
$T^*M$ の(局所または大域)切断を余ベクトル場または(微分)1-形式と呼ぶ.
後者の専門用語については,$k > 1$ に対する微分$k$-形式を定義すると意味が明らかになる.他の束の切断と同様に,特に限定をつけない余ベクトル場は単に連続であると仮定され,異なる仮定をする場合には,明らかな意味で粗い余ベクトル場および滑らかな余ベクトル場という用語を用いる.ベクトル場の場合と同様に,余ベクトル場 $\omega$ の点 $p \in M$ における値を,$\omega(p)$ ではなく $\omega_p$ と記述する.これは,余ベクトルのベクトルへの作用の記法との衝突を避けるためである.$\omega$ 自体に下付きまたは上付きの添字がある場合,通常 $\omega|_p$ のような記法を使う.開部分集合 $U \subset M$ 上の滑らかな局所座標において,(粗い)余ベクトル場 $\omega$ は座標余ベクトル場 $(\lambda^i)$ を用いて $\omega = \omega_i \lambda^i$ と書ける.ここで $n$ 個の関数 $\omega_i: U \to \mathbb{R}$ を $\omega$ の成分関数と呼ぶ.これらは次の式で特徴付けられる: $$ \omega_i(p)=\omega_p\left(\frac{\partial}{\partial x^i}\bigg|_p\right) $$
$\omega$ を $M$ 上の(粗い)余ベクトル場,$X$ を $M$ 上のベクトル場とするとき,関数 $\omega(X): M \to \mathbb{R}$ を次のように定義できる: $$ \omega(X)(p) = \omega_p(X_p) \quad (p \in M) $$ 局所座標において $\omega = \omega_i \lambda^i$,$X = X^j \frac{\partial}{\partial x^j}$ と書くと,$\omega(X)$ は局所座標表示として $\omega(X) = \omega_i X^i$ となる.
ベクトル場の場合と同様に,余ベクトル場の滑らかさを確認するにはいくつかの方法がある.
余ベクトル場の滑らかさの基準
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$\omega: M \to T^*M$ を粗い余ベクトル場とする.次は同値である:
- $\omega$ は滑らかである.
- 任意の滑らかな座標チャートにおいて,$\omega$ の成分関数が滑らかである.
- $M$ の各点について,その点を含む座標チャートが存在し,その中で $\omega$ が滑らかな成分関数を持つ.
- 任意の滑らかなベクトル場 $X \in \mathfrak{X}(M)$ に対して,関数 $\omega(X)$ が $M$ 上で滑らかである.
- 任意の開部分集合 $U \subset M$ と $U$ 上の任意の滑らかなベクトル場 $X$ に対して,関数 $\omega(X): U \to \mathbb{R}$ が $U$ 上で滑らかである.
もちろん,(境界付き)滑らかな多様体の任意の開部分集合は再び(境界付き)滑らかな多様体となるので,前の命題は $M$ のある開部分集合上でのみ定義された余ベクトル場に対しても同様に適用される.
コフレーム
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$U \subset M$ を開部分集合とする.$M$ の $U$ 上の局所コフレームとは,$U$ 上で定義された余ベクトル場の順序付き $n$ 組 $(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$ で,各点 $p \in U$ において $\varepsilon^i|_p$ が $T^*_p M$ の基底をなすものをいう.$U = M$ のとき,大域コフレームと呼ぶ.
双対な(コ)フレーム
$TM$の開部分集合$U$上の局所フレーム$(E_1, \ldots, E_n)$が与えられたとき,$U$上の一意的に決まる(粗い)局所コフレーム$(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$が存在して,各$p \in U$について$\varepsilon^i|_p$が$(E_i|_p)$に対する双対基底となる,すなわち$\varepsilon^i(E_j) = \delta^i_j$を満たす.このコフレームを$(E_i)$に双対なコフレームと呼ぶ.逆に,開部分集合$U \subset M$上の局所コフレーム$(\varepsilon^i)$から始めるとき,$\varepsilon^i(E_j) = \delta^i_j$で決まる一意的に決まった局所フレーム$(E_i)$が存在し,これを$(\varepsilon^i)$に双対なフレームと呼ぶ.例えば,滑らかなチャートでは,座標フレーム$(\frac{\partial}{\partial x^i})$と座標コフレーム$(\lambda^i)$は互いに双対である.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.$(E_i)$ を開部分集合 $U \subset M$ 上の粗い局所フレームとし,$(\varepsilon^i)$ をその双対コフレームとする.このとき,$(E_i)$ が滑らかであることと $(\varepsilon^i)$ が滑らかであることは同値である.
開部分集合 $U \subset M$ 上の局所コフレーム $(\varepsilon^i)$ が与えられたとき,$U$ 上の任意の(粗い)余ベクトル場 $\omega$ は,コフレームを用いて $\omega = \omega_i \varepsilon^i$ の形で表すことができる.ここで $\omega_1, \ldots, \omega_n: U \to \mathbb{R}$ は関数であり,与えられたコフレームに関する $\omega$ の成分関数と呼ばれる.成分関数は $\omega_i = \omega(E_i)$ によって決まる.ここで $(E_i)$ は $(\varepsilon^i)$ に双対なフレームである.これにより,余ベクトル場の滑らかさを特徴付ける別の方法が得られる.
コフレームに関する余ベクトル場の滑らかさの基準
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$\omega$ を $M$ 上の粗い余ベクトル場とする.$(\varepsilon^i)$ が開部分集合 $U \subset M$ 上の滑らかなコフレームであるとき,$\omega$ が $U$ 上で滑らかであることと,$(\varepsilon^i)$ に関するその成分関数が滑らかであることは同値である.
$M$ 上のすべての滑らかな余ベクトル場の実ベクトル空間を $\mathfrak{X}^*(M)$ で表す.ベクトル束の滑らかな切断として,$\mathfrak{X}^*(M)$ の元は滑らかな実数値関数で掛けることができる:$f \in C^\infty(M)$,$\omega \in \mathfrak{X}^*(M)$ のとき,余ベクトル場 $f\omega$ は $$ (f\omega)_p=f(p)\omega_p $$ で定義される.ベクトル束の滑らかな切断の空間であるため,$\mathfrak{X}^*(M)$ は $C^\infty(M)$ 上の加群である.
幾何学的には,$M$ 上のベクトル場を $M$ の各点に付随する矢印として考える.では,余ベクトル場についてはどのような幾何学的イメージを形成できるだろうか?鍵となる考え方は,零でない線形汎関数 $\omega_p \in T^*_p M$ が2つの情報によって完全に決定されるということである:その核,これは $T_p M$ 内の線形超平面(余次元1の線形部分空間)であり,そして $\omega_p(v) = 1$ となるベクトル $v$ の集合,これは核に平行なアフィン超平面である(実際には,$\omega_p(v) = 1$ となる集合だけで十分だが,2つの平行な超平面を視覚化することは有用である).任意の他のベクトル $v$ に対する $\omega_p(v)$ の値は,線形補間または外挿によって得られる.

従って,余ベクトル場は,各接空間において原点を通る超平面とそれに平行な別の超平面のペアを定義し,それが点から点へと連続的に変化するものとして視覚化できる.余ベクトル場が小さいところでは,一方の超平面が核から非常に遠くなり,余ベクトル場が零となる点では最終的に完全に消失する.
初等微積分では,$\mathbb{R}^n$ 上の滑らかな実数値関数 $f$ の勾配は,成分が $f$ の偏微分である ベクトル場として定義される.我々の記法では,これは $$ \mathrm{grad}\, f=\sum_{i=1}^n \frac{\partial f}{\partial x^i} \frac{\partial}{\partial x^i} $$ と書けるだろう.残念ながら,この形では勾配は座標に依存しない意味を持たない(これが我々の添字の慣例に違反しているという事実は強いヒントである).
滑らかな関数の偏微分は,ベクトル場の成分として座標に依存しない方法で解釈することはできないが,余ベクトル場の成分としては解釈できることが分かる.これが余ベクトル場の最も重要な応用である.
微分
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$f$ を $M$ 上の滑らかな実数値関数とする(通常通り,この議論はすべて $M$ の開部分集合 $U$ 上で定義された関数にも適用される;単に $M$ を $U$ で置き換えればよい).$v \in T_p M$ に対して $$ df_p(v) = vf $$ で定義される余ベクトル場 $df$ を,$f$ の微分と呼ぶ(この微分と滑らかな写像の微分との関係については,後で述べる).
滑らかな関数の微分は滑らかな余ベクトル場である.
$df$ がより具体的にどのようなものかを理解するため,その座標表示を計算する必要がある.開部分集合 $U \subset M$ 上で滑らかな座標 $(x^i)$ を取り,$U$ 上の対応する座標コフレーム $(\lambda^i)$ を考える.$df$ を座標表示で $df_p = A_i(p) \lambda^i\big|_p$ と書くと(ここで $A_i: U \to \mathbb{R}$ は関数),$df$ の定義より $$ A_i(p)=df_p\left( \frac{\partial}{\partial x^i}\bigg|_p \right)=\frac{\partial}{\partial x^i}\bigg|_p f = \frac{\partial f}{\partial x^i}(p) $$ これにより,$df$ の座標表示として次の公式が得られる: $$ df_p=\frac{\partial f}{\partial x^i}(p)\lambda^i\big|_p $$ したがって,任意の滑らかな座標チャートにおける $df$ の成分関数は,その座標に関する $f$ の偏微分である.このため,$df$ を古典的な勾配の類似物と考えることができ,多様体上で座標に依存しない意味を持つように再解釈されたものである.
これを座標関数 $x^j: U \to \mathbb{R}$ の特別な場合に適用すると,次が得られる: $$ dx^j\bigg|_p=\frac{\partial x^j}{\partial x^i}(p)\lambda^i\bigg|_p=\delta^j_i\lambda^i\bigg|_p=\lambda^j\bigg|_p $$ つまり,座標余ベクトル場 $\lambda^j$ は微分 $dx^j$ に他ならない.したがって,$df_p$ の公式は次のように書き直せる: $$ df_p=\frac{\partial f}{\partial x^i}(p)dx^i\bigg|_p $$ または,余ベクトルではなく余ベクトル場の間の等式として: $$ df=\frac{\partial f}{\partial x^i}dx^i $$ 特に,1次元の場合,これは $$ df=\frac{df}{dx}dx $$ に帰着する.こうして,座標系における関数 $f$ の微分の古典的な表現を復元した.今後は座標コフレームに対する記法 $\lambda^i$ を放棄し,代わりに $dx^i$ を用いることにする.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$f, g \in C^\infty(M)$ とする.
- $a, b$ を定数とするとき,$d(af + bg) = a\,df + b\,dg$ である.
- $d(fg) = f\,dg + g\,df$ である.
- $g \neq 0$ である集合上で,$d(f/g) = (g\,df - f\,dg)/g^2$ である.
- $J \subset \mathbb{R}$ を $f$ の像を含む区間とし,$h: J \to \mathbb{R}$ を滑らかな関数とするとき,$d(h \circ f) = (h' \circ f) df$ である.
- $f$ が定数ならば,$df = 0$ である.
微分の非常に重要な性質の一つは,微分が零になる滑らかな関数の次の特徴付けである.
微分が零になる滑らかな関数の特徴付け
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体上の滑らかな実数値関数 $f$ とする.このとき,$df = 0$ であることと,$f$ が $M$ の各連結成分上で定数であることは同値である.
初等微積分では,$df$ を独立変数 $x^i$ の小さな変化によって引き起こされる $f$ の値の小さな変化の近似として考える.現在の文脈では,すべてを適切に解釈すれば,$df$ は同じ意味を持つ.$M$ を滑らかな多様体,$f \in C^\infty(M)$ とし,$p$ を $M$ の点とする.$p$ の近傍で滑らかな座標を選ぶことで,$f$ を開集合 $U \subset \mathbb{R}^n$ 上の関数として考えることができる.$dx^i\big|_p$ は $p$ における接ベクトルの第 $i$ 成分を取り出す線形汎関数であることを思い出そう.$v \in \mathbb{R}^n$ に対して $\Delta f = f(p + v) - f(p)$ と書くと,Taylorの定理により,$v$ が小さいとき $f$ は次のようによく近似される: $$ \Delta f \approx \frac{\partial f}{\partial x^i}(p)v^i=\frac{\partial f}{\partial x^i}(p)dx^i\bigg|_p(v)= df_p(v) $$ (ここで $v$ を,通常の同一視 $T_p\mathbb{R}^n \cong \mathbb{R}^n$ を通じて $T_p\mathbb{R}^n$ の元として考えている).言い換えれば,$df_p$ は $p$ の近くで $f$ を最もよく近似する線形汎関数である.微分の概念の偉大な力は,無限小に関する曖昧な議論に頼ることなく,任意の多様体上で $df$ を不変的に定義できるという事実にある.

曲線に沿った関数の微分
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$\gamma: J \to M$ を滑らかな曲線,$f: M \to \mathbb{R}$ を滑らかな関数とする.このとき,実数値関数 $f \circ \gamma: J \to \mathbb{R}$ の導関数は次で与えられる: $$ (f\circ\gamma)'(t)=df_{\gamma(t)}(\gamma'(t)) $$
滑らかな実数値関数 $f: M \to \mathbb{R}$ に対して,現在 $p \in M$ における $f$ の微分に関して2つの異なる定義があることに気づいただろう.以前は,$df_p$ を $T_p M$ から $T_{f(p)}\mathbb{R}$ への線形写像として定義した.この節では,$df_p$ を $p$ における余ベクトル,すなわち $T_p M$ から $\mathbb{R}$ への線形写像として定義した.これらは実際には同じ対象であり,$\mathbb{R}$ と $T_{f(p)}\mathbb{R}$ の間の標準的な同一視を考慮すればよい.これを確認する簡単な方法の一つは,どちらも座標において,成分が $f$ の偏微分である行列として表されることに注目することである.
同様に,$\gamma$ を $M$ 内の滑らかな曲線とするとき,式 $(f \circ \gamma)'(t)$ には2つの異なる意味がある.一方では,$f \circ \gamma$ を $\mathbb{R}$ 内の滑らかな曲線として解釈でき,したがって $(f \circ \gamma)'(t)$ は点 $f \circ \gamma(t)$ における速度であり,これは接空間 $T_{f \circ \gamma(t)}\mathbb{R}$ の元である.命題より,この接ベクトルは $df_{\gamma(t)}(\gamma'(t))$ に等しく,$T_{f \circ \gamma(t)}\mathbb{R}$ の元として考えられる.他方,$f \circ \gamma$ は単に1つの実変数の実数値関数としても考えることができ,その場合 $(f \circ \gamma)'(t)$ は単なる通常の導関数である.命題は,この導関数が $df_{\gamma(t)}(\gamma'(t))$ に等しく,実数として考えられることを示している.これらの解釈のうちどちらを選ぶかは,我々が念頭に置いている目的によって決まる.
これまで見てきたように,滑らかな写像は接ベクトル上の線形写像(微分と呼ばれる)を与える.これを双対化することで,余ベクトル上の線形写像が逆方向に得られる.
引き戻し
$F: M \to N$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体間の滑らかな写像とし,$p \in M$ を任意とする.微分 $dF_p: T_p M \to T_{F(p)} N$ は双対線形写像 $$ dF_p^*: T^*_{F(p)}N \to T^*_pM $$ を与える.これを $p$ における $F$ による(点ごとの)引き戻し,または $F$ の余接写像と呼ぶ.定義を展開すると,$dF_p^*$ は次のように特徴付けられる: $$ dF_p^*(\omega)(v)=\omega(dF_p(v)) \quad \text{for} \quad \omega \in T^*_{F(p)}N, v \in T_pM $$
$(M, p) \mapsto T_p^* M$ および $F \mapsto dF_p^*$ という対応が,点付き滑らかな多様体の圏から実ベクトル空間の圏への反変関手を与えることに注意する.このため,$T^*M$ の元を「共変ベクトル」と呼ぶ慣例は特に不適切である;しかし,この用語法は非常に深く根付いているため,それに従わざるを得ない.
ベクトル場について論じる際,滑らかな写像によるベクトル場の押し出しは,微分同相写像やLie群準同型写像の特別な場合にのみ定義されることを強調した.余ベクトルについて驚くべきことは,余ベクトル場は常に余ベクトル場に引き戻しできるということである.滑らかな写像 $F: M \to N$ と $N$ 上の余ベクトル場 $\omega$ が与えられたとき,$M$ 上の粗い余ベクトル場 $F^*\omega$ を,$F$ による $\omega$ の引き戻しと呼び,次のように定義する: $$ (F^*\omega)_p=dF^*_p(\omega_{F(p)}) $$ これは $v \in T_pM$ に対して次のように作用する: $$ (F^*\omega)_p(v)=\omega_{F(p)}(dF_p(v)) $$ ベクトル場の場合とは対照的に,ここではどの点から引き戻すかについて曖昧さはない:$F^*\omega$ の $p$ における値は,$F(p)$ における $\omega$ の引き戻しである.後の命題で $F^*\omega$ が連続であり,$\omega$ が滑らかなときには滑らかであることを証明する.その前に,引き戻しの2つの重要な性質を証明しよう.
$F: M \to N$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体間の滑らかな写像とする.$u$ を $N$ 上の連続実数値関数,$\omega$ を $N$ 上の余ベクトル場とする.このとき, $$ F^*(u\omega)=(u\circ F)F^*\omega $$ が成り立つ.さらに $u$ が滑らかであるとき, $$ F^*du=d(u\circ F) $$ が成り立つ.
$F: M \to N$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体間の滑らかな写像とし,$\omega$ を $N$ 上の余ベクトル場とする.このとき,$F^*\omega$ は $M$ 上の(連続な)余ベクトル場である.$\omega$ が滑らかならば,$F^*\omega$ も滑らかである.
余ベクトル場の引き戻しに関する公式は,次のような別の書き方もできる: $$ F^*\omega=(\omega_j\circ F)d(y^j\circ F)=(\omega_j\circ F)dF^j $$ ここで $F^j$ は,これらの座標における $F$ の第 $j$ 成分関数である.これらの公式のいずれかを用いることで,座標における引き戻しの計算は非常に簡単になる.
言い換えれば,$F^*\omega$ を計算するには,$\omega$ に現れるすべての $N$ の座標関数を $F$ の成分関数で置き換えるだけでよい.
これにより,座標変換の下での余ベクトル場の変換法則を覚える簡単な方法も得られる.
以前,ベクトル場が部分多様体上に制限できる条件について考察した.余ベクトル場の部分多様体への制限は,はるかに単純である.
余ベクトル場の制限
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$S \subset M$ を(境界の有無を問わない)埋め込み部分多様体とし,$\iota: S \hookrightarrow M$ を包含写像とする.$\omega$ を $M$ 上の任意の滑らかな余ベクトル場とする.このとき,$\iota$ による引き戻し $\iota^*\omega$ は $S$ 上の滑らかな余ベクトル場となる.これが何を意味するかを説明するため,任意の $v \in T_p S$ について計算すると, $$ (\iota^*\omega)_p(v) = \omega_{\iota(p)}(d\iota_p(v)) = \omega_p(v) $$ となる.ここで,$d\iota_p: T_p S \to T_p M$ は通常の同一視のもとで単なる包含写像である.したがって,$\iota^*\omega$ は $\omega$ を $S$ の接ベクトルに制限したものに他ならない.この理由から,$\iota^*\omega$ はしばしば $\omega$ の $S$ への制限と呼ばれる.
ただし注意すべきは,$\iota^*\omega$ が $S$ のある点でゼロとなる場合でも,$M$ 上の余ベクトル場としての $\omega$ はその点で消えていないことがありうるということである.
「$\omega$ が $S$ 上で消える」という表現には2つの解釈があるため,両者を区別するために,通常「$\omega$ が $S$ に沿って消える」または「$S$ の各点で消える」と言う(すなわち,すべての $p \in S$ で $\omega_p = 0$ となる).より弱い条件である $i^*\omega = 0$ は,「$\omega$ の $S$ への制限が消える」または「$\omega$ の $S$ への引き戻しが消える」と表現される.
余ベクトル場のもう一つの重要な応用は,座標に依存しない形で線積分の概念を定式化できることである.
最も単純な場合から始めよう:実数直線上の区間である.$[a, b] \subset \mathbb{R}$ をコンパクトな区間とし,$\omega$ を $[a, b]$ 上の滑らかな余ベクトル場とする(これは,$\omega$ の成分関数が $[a, b]$ の近傍まで滑らかに拡張できることを意味する).$t$ を $\mathbb{R}$ の標準座標とすると,$\omega$ は $\omega_t = f(t) dt$ の形に書ける($f: [a, b] \to \mathbb{R}$ は滑らかな関数).この表記が通常の $\int f(t) dt$ という積分の記法と似ていることから,余ベクトル場と積分の間に何らかの関係があることが示唆されるが,実際にその通りである.$\omega$ の $[a, b]$ 上での積分を次のように定義する: $$ \int_{[a,b]} \omega = \int_a^b f(t) dt $$ 次の命題は,これが単なる記法のトリック以上のものであることを納得させてくれるだろう.
積分の微分同相不変性
$\omega$ をコンパクトな区間 $[a, b] \subset \mathbb{R}$ 上の滑らかな余ベクトル場とする.$\varphi: [c, d] \to [a, b]$ が増加微分同相写像(すなわち $t_1 < t_2$ ならば $\varphi(t_1) < \varphi(t_2)$)であるとき, $$ \int_{[c,d]}\varphi^*\omega = \int_{[a,b]}\omega $$
曲線区間
ここで,境界の有無を問わない滑らかな多様体 $M$ を考える.$M$ における曲線区間とは,定義域がコンパクトな区間 $[a, b]$ である $M$ への連続曲線 $\gamma: [a, b] \to M$ のことをいう.$\gamma$ が滑らかな曲線区間であるとは,$[a, b]$ を境界付き多様体とみなしたときに $\gamma$ が滑らかである場合(あるいは,各端点の近傍で滑らかな曲線への拡張が存在する場合)をいう.$\gamma$ が区分的に滑らかな曲線区間であるとは,$[a, b]$ の有限個の分割 $a = a_0 < a_1 < \cdots < a_k = b$ が存在して,各区間 $[a_{i-1}, a_i]$ 上で $\gamma$ の制限 $\gamma|_{[a_{i-1}, a_i]}$ が滑らかである場合をいう.$\gamma$ の連続性は,各分割点 $a_i$(ただし $a_0$ および $a_k$ を除く)において,左側・右側から近づいたときに $\gamma(t)$ の値が一致することを意味する.各部分区間での滑らかさは,$\gamma$ が各 $a_i$ で左側・右側からの一方微分(速度ベクトル)を持つことを意味するが,これらの一方微分は一致する必要はない.

$M$ が(境界の有無を問わず)連結な滑らかな多様体であるとき,$M$ の任意の2点は区分的に滑らかな曲線区間で結ぶことができる.
線積分
$M$ 上の滑らかな曲線区間 $\gamma: [a, b] \to M$ と,$M$ 上の滑らかな余ベクトル場(コベクトル場)$\omega$ が与えられたとき,$\omega$ の $\gamma$ に沿った線積分を次の実数として定義する: $$ \int_{\gamma}\omega = \int_{[a,b]}\gamma^*\omega $$ ここで,$\gamma^*\omega$ は区間 $[a, b]$ 上の滑らかな余ベクトル場なので,この定義は意味を持つ.より一般に,$\gamma$ が区分的に滑らかな場合は, $$ \int_{\gamma}\omega = \sum_{i=1}^{k}\int_{[a_{i-1}, a_i]}\gamma^*\omega $$ と定義する.ただし,$[a_{i-1}, a_i]$($i=1,\ldots,k$)は $\gamma$ が各部分区間で滑らかな区間である.
線積分の性質
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.$\gamma: [a, b] \to M$ を区分的に滑らかな曲線区間,$\omega, \omega_1, \omega_2 \in \mathfrak{X}^*(M)$ を余ベクトル場(コベクトル場)とする.
- 任意の $c_1, c_2 \in \mathbb{R}$ について, $$ \int_{\gamma}(c_1\omega_1+c_2\omega_2)=c_1\int_{\gamma}\omega_1+c_2\int_{\gamma}\omega_2 $$
- $\gamma$ が定数写像のとき,$\int_{\gamma}\omega = 0$ である.
- $\gamma_1 = \gamma|_{[a, c]}$,$\gamma_2 = \gamma|_{[c, b]}$($a < c < b$)とすると, $$ \int_{\gamma}\omega = \int_{\gamma_1}\omega + \int_{\gamma_2}\omega $$
- $F: M \to N$ を任意の滑らかな写像,$\eta \in \mathfrak{X}^*(N)$ とするとき, $$ \int_{\gamma}F^*\eta=\int_{F\circ\gamma}\eta $$
線積分の最も重要な特徴の一つは,ある意味でパラメータ化に依存しないことである.これを正確に述べる.
再パラメトリゼーション
$\gamma: [a, b] \to M$ および $\zeta: [c, d] \to M$ が区分的に滑らかな曲線区間であるとき,$\zeta$ が $\gamma$ の再パラメトリゼーションであるとは,ある微分同相写像 $\varphi: [c, d] \to [a, b]$ が存在して $\zeta = \gamma \circ \varphi$ となる場合をいう.$\varphi$ が増加関数のとき,$\zeta$ は順方向の再パラメトリゼーション,減少関数のときは逆方向の再パラメトリゼーションという(より一般には,明らかな修正を加えれば $\varphi$ を区分的に滑らかな写像としてもよい).
線積分のパラメータ化不変性
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$\omega \in \mathfrak{X}^*(M)$ を余ベクトル場(コベクトル場),$\gamma$ を $M$ 内の区分的に滑らかな曲線区間とする.$\tilde{\gamma}$ を $\gamma$ の任意の再パラメトリゼーションとするとき,次が成り立つ: $$ \int_{\tilde{\gamma}}\omega = \left\{ \begin{aligned} & \int_{\gamma}\omega & \text{($\tilde{\gamma}$ が順方向の再パラメトリゼーションのとき)} \\ & -\int_{\gamma}\omega & \text{($\tilde{\gamma}$ が逆方向の再パラメトリゼーションのとき)} \end{aligned} \right. $$
次の命題は,線積分の有用な別の表現を与える.
$\gamma: [a, b] \to M$ が区分的に滑らかな曲線区間であるとき,余ベクトル場 $\omega$ の $\gamma$ に沿った線積分は,通常の積分として次のように表せる: $$ \int_{\gamma}\omega = \int_a^b \omega_{\gamma(t)}(\gamma'(t))dt $$
線積分が自動的に計算できる特別な場合が一つある.それは微分形式の線積分である.
線積分の基本定理
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.$f$ を $M$ 上の滑らかな実数値関数,$\gamma: [a, b] \to M$ を $M$ 内の区分的に滑らかな曲線区間とする.このとき, $$ \int_{\gamma} df = f(\gamma(b)) - f(\gamma(a)) $$ が成り立つ.
上の定理は,滑らかな関数の微分として書ける任意の余ベクトル場(コベクトル場)の線積分は,その関数が分かれば簡単に計算できることを示している.このため,この性質を持つ余ベクトル場には特別な名称がある.
完全微分
境界の有無を問わない滑らかな多様体 $M$ 上の滑らかな余ベクトル場 $\omega$ が完全(または完全微分)であるとは,ある関数 $f \in C^\infty(M)$ が存在して $\omega = df$ となる場合をいう.このとき,$f$ を $\omega$ のポテンシャルという.
ポテンシャルは一意には定まらないが,命題より,$\omega$ の任意の2つのポテンシャルの差は $M$ の各連結成分上で定数となる.
完全微分は積分が非常に簡単にできるため,余ベクトル場が完全かどうかを判定する基準を発展させることが重要である.上の定理は重要な手がかりを与えている.それは,完全余ベクトル場の線積分が始点 $p = \gamma(a)$ と終点 $q = \gamma(b)$ のみに依存することを示している.すなわち,$p$ から $q$ への他の曲線区間でも線積分の値は同じになる.特に,$\gamma$ が閉曲線区間($\gamma(a) = \gamma(b)$)である場合,$df$ の $\gamma$ に沿った積分はゼロとなる.
保存的
滑らかな余ベクトル場 $\omega$ が保存的であるとは,任意の区分的に滑らかな閉曲線区間に沿った線積分がゼロになる場合をいう.
この用語は物理学に由来する.物理学では,力場が「保存的」であるとは,力が任意の閉じた経路に沿って働いたときに生じるエネルギーの変化がゼロ(「エネルギーが保存される」)であることを意味する.
保存的余ベクトル場は,経路独立性によって特徴付けることもできる.
滑らかな余ベクトル場 $\omega$ が保存的であることと,その線積分が経路に依存しないことは同値である.すなわち,$\gamma$ および $\tilde{\gamma}$ が始点と終点が同じ区分的に滑らかな曲線区間であるとき,$\int_{\gamma} \omega = \int_{\tilde{\gamma}} \omega$ が成り立つ.
境界の有無を問わない滑らかな多様体 $M$ 上の滑らかな余ベクトル場が保存的であることと,完全微分であることは同値である.
すべての滑らかな余ベクトル場が完全微分であれば理想的である.その場合,任意の線積分の値は,ポテンシャル関数を見つけて始点と終点で評価するだけで済み,通常の積分を不定積分(原始関数や逆微分とも呼ばれる)を使って計算するのと同じ手順になる.しかし,これは期待しすぎである.
完全微分であることは線積分の評価に非常に重要な帰結を持つため,与えられた余ベクトル場が完全かどうかを簡単に判定できる方法が欲しいところである.幸いにも,滑らかな関数の偏微分はどの順序でも取れるという事実から,非常に単純な必要条件が得られる.
この条件が何を意味するかを見てみよう.$\omega$ が完全(exact)であると仮定する.$\omega$ の任意のポテンシャル関数 $f$ を取り,$M$ 上の任意の滑らかなチャート $(U, (x^i))$ を考える.$f$ は滑らかなので,$U$ 上で次の等式を満たす: $$ \frac{\partial^2 f}{\partial x^i \partial x^j} = \frac{\partial^2 f}{\partial x^j \partial x^i} $$ $\omega = \omega_i dx^i$ と座標表示すると,$\omega = df$ は $\omega_i = \frac{\partial f}{\partial x^i}$ と同値である.これを上の式に代入すると,$\omega$ の成分関数は各添字 $i, j$ について次の等式を満たすことが分かる: $$ \frac{\partial \omega_j}{\partial x^i} = \frac{\partial \omega_i}{\partial x^j} $$
閉
滑らかな余ベクトル場 $\omega$ が閉じているとは,任意の滑らかな座標系における成分が上式を満たす場合をいう.次の命題は上の計算をまとめたものである.
すべての完全余ベクトル場は閉じている.
閉じている余ベクトル場の定義から直接その性質を確認しようとすると,技術的な困難がある.なぜなら,上式がすべての座標チャートで成り立つことを確かめる必要があるからである.次の命題は,閉じている余ベクトル場の座標に依存しない特徴付けを与えており,付随して,上式は各点の近傍で何らかの座標チャートで成り立てば十分であることも示している.
境界の有無を問わない滑らかな多様体 $M$ 上の滑らかな余ベクトル場 $\omega$ について,次は同値である:
- $\omega$ は閉じている.
- $\omega$ は各点の近傍の滑らかな座標系で上式を満たす.
- 任意の開集合 $U \subset M$ と $U$ 上の滑らかなベクトル場 $X, Y \in \mathfrak{X}(U)$ に対して, $$ X(\omega(Y)) - Y(\omega(X)) = \omega([X, Y]) $$ が成り立つ.
この命題の帰結の一つは,閉性は基準(2)を使って簡単に判定できるため,閉じていない余ベクトル場はすぐに完全でないことが分かるということである.もう一つは,次の系である.
$F: M \to N$ が局所微分同相写像であるとする.このとき,引き戻し $F^*: \mathfrak{X}^*(N) \to \mathfrak{X}^*(M)$ は,閉じた余ベクトル場を閉じた余ベクトル場へ,完全な余ベクトル場を完全な余ベクトル場へ写す.
ここで,命題の逆が成り立つかどうかという疑問が自然に生じる.すなわち,すべての閉じた余ベクトル場は完全か?答えは「ほぼイエス」だが,重要な制約がある.この問いの答えは,定義域の形状に微妙に依存する.
この観察がde Rhamコホモロジーの出発点であり,滑らかな構造と位相との深い関係を表現するものである.de Rhamコホモロジーの定義とこの関係については後で詳しく述べるが,今は次の結果を証明できる.$V$ を有限次元ベクトル空間とし,$U \subset V$ が星型集合であるとは,$U$ 内のある点 $c$ に対して,任意の $x \in U$ について $c$ から $x$ への線分が $U$ に全て含まれる場合をいう.例えば,任意の凸集合は星型集合である.

Poincaréの補題
$U$ が $\mathbb{R}^n$ または $\mathbb{H}^n$ の星型開集合であるとき,$U$ 上の任意の閉じた余ベクトル場は完全である.
閉じた余ベクトル場の局所完全性
$\omega$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体 $M$ 上の閉じた余ベクトル場とする.このとき,$M$ の任意の点は,その近傍で $\omega$ が完全となる.
定理でポテンシャル関数を構成する鍵は,任意の点 $x \in M$ へ,$x$ の変化に応じて滑らかに変化する,基点 $c$ から $x$ への明確な経路を選べることである.穿孔平面上の閉じた余ベクトル場 $\omega$ の場合にこれが失敗する理由は,穴があるため,固定した基点から定義域のすべての点に一意に到達するような,滑らかに変化する経路族を選ぶことが不可能だからである.後では,定理を一般化し,任意の単連結多様体上ではすべての閉じた余ベクトル場が完全であることを示す.
ある余ベクトル場が完全であることが分かっていて,実際にそのポテンシャル関数を計算したい場合,ほとんどの場合に使えるはるかに簡単な手順がある.これは,微分積分の教科書で勾配ベクトル場のポテンシャル関数を求める方法の素直な一般化である.
この形式的な手順は,任意の基点 $c \in \mathbb{R}^3$ を選び,$f(x, y, z)$ を $c$ から $(x, y, z)$ への経路(各座標軸に平行な3本の直線区間からなる)に沿って $\omega$ を積分することで定義するのと同値であることを自分で納得してみてほしい.この方法は,$\mathbb{R}^n$ の開矩形上の任意の閉じた余ベクトル場に対して有効である(矩形は凸集合なので,閉じた余ベクトル場は必ず完全であることが分かっている).実際には,ある開矩形上で $f$ の式が見つかれば,同じ式が通常定義域全体でも使えることが多い(これは,積分を明示的に計算できる余ベクトル場の多くが実解析的であり,実解析的関数は任意の開部分集合での挙動によって全体が決まるためである).
テンソル
滑らかな多様体論の多くの技術は,線形代数の概念を滑らかな多様体に適用できるようにするために設計されている.微積分は,滑らかな対象を線形なものによって近似する方法を与え,多様体論の抽象的な定義は,これらの線形近似を座標に依存しない形で解釈する手段を与える.
この節ではこの考え方をさらに発展させ,線形写像から多重線形写像(複数のベクトルを入力とし,それぞれについて線形に依存する写像)へと一般化する.微分幾何学において線形写像は極めて重要だが,多重線形写像が幾何学的に重要な役割を果たす場面も多い.ここでは多重線形写像を統一的に扱うための言語,すなわちテンソルの言語を導入する.これにより,多様体上のテンソルおよびテンソル場の概念が得られる.
まず,テンソルの概念をベクトル空間上で導入する.テンソルは,共変ベクトル(余ベクトル)の多重線形な一般化であり,余ベクトルはランク1のテンソルの特別な場合である.ベクトル空間上のテンソルには2つの定義がある:一つは抽象的な「双対ベクトル空間のテンソル積」の元としての定義,もう一つは複数のベクトルに対する実数値の多重線形写像としての定義である.それぞれの定義は文脈によって使い分けられる.ここでは主に共変テンソルを扱うが,反変テンソルや混合型テンソルについても簡単に紹介する.
次に,2つの特別な種類のテンソルを導入する.対称テンソルは,その引数の順序を入れ替えても値が変わらないテンソルであり,交代テンソルは,2つの引数を入れ替えると値の符号が反転するテンソルである.
次に滑らかな多様体に進み,テンソル場とテンソル束を定義する.テンソル場の座標表示を説明した後,滑らかな写像による引き戻しの方法を述べる.また,Lie微分作用素がテンソルにも拡張できることを示す:ベクトル場に関するテンソル場のLie微分は,そのベクトル場の流れに沿ったテンソル場の変化率を測るものである.
テンソルはこの後の全節にわたって現れ,Riemann計量,微分形式,向き付け,積分,de Rhamコホモロジー,葉層構造,シンプレクティック構造などを学ぶ際に重要な応用例が登場する.
多様体論において重要な役割を果たす余ベクトル(ベクトル空間上の実数値線形関数)について,すでにいくつか見てきた.テンソルの最も基本的な形は,実数値の多重線形関数であり,余ベクトル・内積・行列式などがその典型例である.本節では,テンソルの理論を学ぶ準備として,一般的な状況で多重線形関数の基本的な性質を展開する.
多重線形写像
$V_1, \ldots, V_k$ および $W$ をベクトル空間とする.写像 $F: V_1 \times \cdots \times V_k \to W$ が多重線形であるとは,各変数について他を固定したとき線形であることをいう.すなわち,各 $i$ について, $$ F(v_1,\ldots,av_i+a'v_i',\ldots,v_k) = aF(v_1,\ldots,v_i,\ldots,v_k) + a'F(v_1,\ldots,v_i',\ldots,v_k) $$ (1変数の場合は単なる線形写像,2変数の場合は双線形写像と呼ばれる).$V_1 \times \cdots \times V_k$ から $W$ へのすべての多重線形写像の集合を $L(V_1, \ldots, V_k; W)$ で表す.これは点ごとの加法とスカラー倍でベクトル空間となる: \begin{align} (F+F')(v_1,\ldots,v_k) &= F(v_1,\ldots,v_k) + F'(v_1,\ldots,v_k) \\ (aF)(v_1,\ldots,v_k) &= a(F(v_1,\ldots,v_k)) \end{align}
テンソル積
$V_1, \ldots, V_k, W_1, \ldots, W_l$ を実ベクトル空間とし,$F \in L(V_1, \ldots, V_k; \mathbb{R})$,$G \in L(W_1, \ldots, W_l; \mathbb{R})$ とする.次のような関数を定義する: $$ F \otimes G: V_1 \times \cdots \times V_k \times W_1 \times \cdots \times W_l \to \mathbb{R} $$ ただし, $$ F \otimes G(v_1, \ldots, v_k, w_1, \ldots, w_l) = F(v_1, \ldots, v_k) G(w_1, \ldots, w_l) $$ $F$ と $G$ の多重線形性から,$F \otimes G(v_1, \ldots, v_k, w_1, \ldots, w_l)$ は各引数 $v_i$ や $w_j$ に対して個別に線形となる.したがって,$F \otimes G$ は $L(V_1, \ldots, V_k, W_1, \ldots, W_l; \mathbb{R})$ の元となり,これを $F$ と $G$ のテンソル積という.
3つ以上の多重線形関数のテンソル積は括弧なしで曖昧なく書くことができる.$F_1,\ldots, F_l$ がそれぞれ $k_1, \ldots, k_l$ 個の変数に依存する多重線形関数であるとき,テンソル積 $F_1 \otimes \cdots \otimes F_l$ は $k = k_1 + \cdots + k_l$ 個の変数に依存する多重線形関数となる.その作用は,最初の $k_1$ 個のベクトルを $F_1$ に,次の $k_2$ 個を $F_2$ に,... というように各関数に順番に入れて,それぞれの値を掛け合わせることで定義される.例えば,$F, G$ が2変数の多重線形関数,$H$ が3変数の多重線形関数であれば, $$ F\otimes G \otimes H(v_1,\ldots,v_7) = F(v_1,v_2)\, G(v_3,v_4)\, H(v_5,v_6,v_7) $$ また,$\omega^j \in V^*$(j=1,...,k)であれば,$\omega^1 \otimes \cdots \otimes \omega^k \in L(V_1, ..., V_k; \mathbb{R})$ は次のような多重線形関数となる: $$ \omega^1\otimes \cdots \otimes \omega^k(v_1,\ldots,v_k) = \omega^1(v_1)\cdots\omega^k(v_k) $$
テンソル積演算が重要なのは,次の命題における役割による部分が大きい.この命題の記法は添字が多くて煩雑だが,根本的なアイデアは単純である:任意の多重線形関数空間の基底は,基底余ベクトルのすべてのテンソル積を取ることで構成できる.
多重線形関数空間の基底
$V_1, \ldots, V_k$ をそれぞれ次元 $n_1, \ldots, n_k$ の実ベクトル空間とする.各 $j=1,\ldots,k$ について,$V_j$ の基底 $(E^{(j)}_1, \ldots, E^{(j)}_{n_j})$ を取り,対応する双対基底 $(\varepsilon^{(j)}_1, \ldots, \varepsilon^{(j)}_{n_j})$ を $V_j^*$ 上に定める.このとき, $$ \mathcal{B} = \{ \varepsilon^{(1)}_{i_1} \otimes \cdots \otimes \varepsilon^{(k)}_{i_k} \mid 1 \leq i_1 \leq n_1, \ldots, 1 \leq i_k \leq n_k \} $$ は $L(V_1, \ldots, V_k; \mathbb{R})$ の基底となり,したがってその次元は $n_1 \times \cdots \times n_k$ である.
この証明により,多重線形関数 $F$ の成分 $F_{i_1\cdots i_k}$ が基底 $\mathcal{B}$ の元に関して $$ F_{i_1\cdots i_k}=F(E_{i_1}^{(1)},\ldots,E_{i_k}^{(k)}) $$ で与えられることが分かる.したがって,$F$ はすべての基底ベクトルの並びへの作用によって完全に決定される.
前節の結果から,多重線形関数のベクトル空間 $L(V_1, \ldots, V_k; \mathbb{R})$ は,共変ベクトル(余ベクトル)$\omega_1, \ldots, \omega_k$ のテンソル積 $\omega_1 \otimes \cdots \otimes \omega_k$ の線形結合全体として見ることができることが分かった.本節では,このようなテンソル積の線形結合をより抽象的な設定で定式化する構成を与える.この構成はやや込み入っているが,基本的なアイデアは単純である:有限次元ベクトル空間 $V_1, \ldots, V_k$ が与えられたとき,新たなベクトル空間 $V_1 \otimes \cdots \otimes V_k$ を構成する.この空間の次元は各 $V_i$ の次元の積となり,$v_1 \otimes \cdots \otimes v_k$ の形の「形式的な線形結合」からなる.ここで $v_i \in V_i$ であり,$v_1 \otimes \cdots \otimes v_k$ は各 $v_i$ に対して個別に線形に依存するように定義される(この節で導入する概念の多くは,有限基底に明示的に言及しない部分については無限次元の場合にも同様に成り立つが,議論を簡単にするため主に有限次元の場合に限定する).
まず「形式的な線形結合」の意味を明確にする必要がある.$S$ を集合とする.大まかに言えば,$S$ の元の形式的な線形結合とは,$\sum_{i=1}^m a_i x_i$ の形の式であり,$a_1, \ldots, a_m$ は実数,$x_1, \ldots, x_m$ は $S$ の元である.もちろん,$S$ に何らかの代数的構造があるとは仮定していないので,$S$ の元同士を実際に加えたり,数で掛けたりすることはできない.しかし,このような式の本質的な特徴は,和に現れる $S$ の元と,それぞれに付随する係数によって完全に決まるという点である.そこで次のように定義する:
形式的な線形結合
任意の集合 $S$ に対し,$S$ の元の形式的な線形結合とは,$f: S \to \mathbb{R}$ という関数であって,$S$ のほとんどすべての元 $s$ について $f(s) = 0$ となるもの(すなわち,有限個の $s$ だけ $f(s) \neq 0$ となる)である.
自由ベクトル空間
$S$ 上の自由(実)ベクトル空間 $\mathcal{F}(S)$ とは,$S$ の元のすべての形式的な線形結合の集合である.$\mathcal{F}(S)$ は,点ごとの加法とスカラー倍によって実ベクトル空間となる.
$S$ の各元 $x$ に対して,$\mathcal{F}(S)$ の関数 $\delta_x$ があり,これは $x$ で 1,他のすべての元で 0 となる値を取る;通常,この関数を $x$ 自身と同一視し,$S$ を $\mathcal{F}(S)$ の部分集合とみなす.$\mathcal{F}(S)$ の任意の元 $f$ は,一意的に $f = \sum_{i=1}^m a_i x_i$ の形で書ける.ここで $x_1, \ldots, x_m$ は $f(x_i) \neq 0$ となる $S$ の元であり,$a_i = f(x_i)$ である.したがって,$S$ は $\mathcal{F}(S)$ の基底となり,$\mathcal{F}(S)$ が有限次元となるのは $S$ が有限集合の場合に限る.
自由ベクトル空間の特徴付け
任意の集合 $S$ と任意のベクトル空間 $W$ に対し,任意の写像 $A: S \to W$ は,$A$ を $W$ への線形写像 $\bar{A}: \mathcal{F}(S) \to W$ へ一意的に拡張できる.
さて,$V_1, \ldots, V_k$ を実ベクトル空間とする.まず,$V_1 \times \cdots \times V_k$ のすべての有限個の形式的な線形結合からなる自由ベクトル空間 $\mathcal{F}(V_1 \times \cdots \times V_k)$ を作る.ここで,$v_i \in V_i$($i=1,\ldots,k$)である.次に,$\mathcal{F}(V_1 \times \cdots \times V_k)$ の部分空間 $\mathcal{R}$ を,以下の形の元全体で張られるものとして定める: \begin{align} (v_1,\ldots,av_i,\ldots,v_k) - a(v_1,\ldots,v_i,\ldots,v_k) \\ (v_1,\ldots,v_i+v_i',\ldots,v_k) - (v_1,\ldots,v_i,\ldots,v_k) - (v_1,\ldots,v_i',\ldots,v_k) \end{align} ここで,$v_j, v_j' \in V_j$,$i = 1, \ldots, k$,$a \in \mathbb{R}$ である.
ベクトル空間のテンソル積
空間 $V_1, \ldots, V_k$ のテンソル積 $V_1 \otimes \cdots \otimes V_k$ とは,次のような商ベクトル空間として定義される: $$ V_1 \otimes \cdots \otimes V_k = \mathcal{F}(V_1 \times \cdots \times V_k) / \mathcal{R} $$ ここで $\mathcal{F}(V_1 \times \cdots \times V_k)$ は $V_1 \times \cdots \times V_k$ 上の形式的な線形結合全体の空間,$\mathcal{R}$ は各成分ごとの線形性を課す関係による部分空間である.自然な射影写像 $\Pi: \mathcal{F}(V_1 \times \cdots \times V_k) \to V_1 \otimes \cdots \otimes V_k$ を考える.$V_1 \otimes \cdots \otimes V_k$ の元として,$(v_1, \ldots, v_k)$ の同値類を $$ v_1\otimes \cdots \otimes v_k=\Pi(v_1, \ldots, v_k) $$ と書き,これを $v_1, \ldots, v_k$ の(抽象的な)テンソル積と呼ぶ.定義より,抽象的なテンソル積は次の性質を満たす: \begin{align} v_1 \otimes \cdots \otimes a v_i \otimes \cdots \otimes v_k =&\ a(v_1 \otimes \cdots \otimes v_i \otimes \cdots \otimes v_k) \\ v_1 \otimes \cdots \otimes (v_i + v_i') \otimes \cdots \otimes v_k =&\ (v_1 \otimes \cdots \otimes v_i \otimes \cdots \otimes v_k) \\ &+ (v_1 \otimes \cdots \otimes v_i' \otimes \cdots \otimes v_k) \end{align}
この定義から,テンソル積空間の任意の元は $v_1 \otimes \cdots \otimes v_k$ の形の元の線形結合として表せるが,すべての元が $v_1 \otimes \cdots \otimes v_k$ の形そのものになるとは限らない.
テンソル積の特徴付け
$V_1, \ldots, V_k$ を有限次元実ベクトル空間とする.$A: V_1 \times \cdots \times V_k \to X$ が任意のベクトル空間 $X$ への多重線形写像であるとき,$A$ に対応する一意な線形写像 $\tilde{A}: V_1 \otimes \cdots \otimes V_k \to X$ が存在し,次の図式が可換となる: $$ \begin{CD} V_1 \times \cdots \times V_k @>A>> X \\ @VV \pi V @A\tilde{A}AA \\ V_1 \otimes \cdots \otimes V_k @>>> \end{CD} $$ ここで $\pi$ は $\pi(v_1, \ldots, v_k) = v_1 \otimes \cdots \otimes v_k$ である.
この性質が「特徴付けの性質」と呼ばれる理由は,テンソル積がこの性質によって同型を除いて一意に特徴付けられるからである.
テンソル積の基底
$V_1, \ldots, V_k$ をそれぞれ次元 $n_1, \ldots, n_k$ の実ベクトル空間とする.各 $j=1,\ldots,k$ について,$V_j$ の基底 $(E^{(j)}_1, \ldots, E^{(j)}_{n_j})$ を取る.このとき, $$ \mathcal{C} = \{ E_{i_1}^{(1)} \otimes \cdots \otimes E_{i_k}^{(k)} \mid 1 \leq i_1 \leq n_1, \ldots, 1 \leq i_k \leq n_k \} $$ は $V_1 \otimes \cdots \otimes V_k$ の基底となり,その次元は $n_1 \times \cdots \times n_k$ である.
テンソル積の結合律
$V_1, V_2, V_3$ を有限次元実ベクトル空間とする.次のような一意的な同型写像が存在する: $$ V_1 \otimes (V_2 \otimes V_3) \cong V_1 \otimes V_2 \otimes V_3 \cong (V_1 \otimes V_2) \otimes V_3 $$ この同型のもとで,$v_1 \otimes (v_2 \otimes v_3)$,$v_1 \otimes v_2 \otimes v_3$,$(v_1 \otimes v_2) \otimes v_3$ のような元はすべて対応する.
この抽象的な設定におけるテンソル積と,先ほど定義したより具体的な多重線形関数のテンソル積との関係は,次の命題に基づいている.
抽象的なテンソル積と具体的なテンソル積の関係
$V_1, \ldots, V_k$ が有限次元ベクトル空間であるとき,次の標準的な同型写像が存在する: $$ V_1^* \otimes \cdots \otimes V_k^* \cong L(V_1, \ldots, V_k; \mathbb{R}) $$ この同型のもとで,抽象的なテンソル積は,余ベクトルのテンソル積に対応する.
この標準的な同型写像を用いて,今後は $V_1^* \otimes \cdots \otimes V_k^*$ という記法を,抽象的なテンソル積空間または多重線形関数空間 $L(V_1, \ldots, V_k; \mathbb{R})$ のいずれにも使い,文脈に応じて便利な方の解釈を採用することにする.ここではすべてのベクトル空間が有限次元であると仮定しているので,各 $V_j$ をその第2双対空間 $V_j^{**}$ と同一視でき,さらに次の標準的な同型も得られる: $$ V_1 \otimes \cdots \otimes V_k \cong L(V_1^*, \ldots, V_k^*; \mathbb{R}) $$
共変 $k$-テンソル
$V$ を有限次元実ベクトル空間とする.$k$ を正の整数とするとき,$V$ 上の共変 $k$-テンソルとは,$k$ 回のテンソル積 $V^* \otimes \cdots \otimes V^*$ の元であり,通常は $V$ の $k$ 個の元に対する実数値の多重線形写像として考える: $$ \alpha: V \times \cdots \times V \to \mathbb{R} $$ $k$ をテンソル $\alpha$ の階数(rank)という.慣習として,$0$-テンソルは単なる実数(すなわち,ベクトルに多重線形に依存しない実数値関数)とみなす.$V$ 上のすべての共変 $k$-テンソルのベクトル空間は,次の略記で表す: $$ T^k(V^*) = V^* \otimes \cdots \otimes V^* $$
場合によっては,共変テンソルの概念を次のように一般化することが重要となる.
反変 $k$-テンソル
有限次元実ベクトル空間 $V$ に対し,$V$ 上の反変 $k$-テンソル空間とは,$k$ 回のテンソル積 $V \otimes \cdots \otimes V$ からなるベクトル空間 $$ T^k(V) = V \otimes \cdots \otimes V $$ と定義する.
特に,$T^1(V) = V$ であり,慣習により $T^0(V) = \mathbb{R}$ である.ここでは $V$ が有限次元であると仮定しているので,この空間は $k$ 個の余ベクトルに対する多重線形関数の集合と同一視できる: $$ T^k(V) \cong \{ \text{多重線形関数 } \alpha: V^* \times \cdots \times V^* \to \mathbb{R} \} $$ しかし,ほとんどの場合,反変テンソルは抽象的なテンソル積空間の元として考える方が簡単である.
混合テンソル
さらに一般に,任意の非負整数 $k, l$ に対して,$V$ 上の型 $(k, l)$ の混合テンソル空間を次のように定義する: $$ T^{(k,l)}(V)=V \otimes \cdots \otimes V \otimes V^* \otimes \cdots \otimes V^* $$
$T^{(k,l)}(V)$ という記法は普遍的ではないことに注意.この空間のために $T^k_l(V)$ という記法を使う文献もある.さらに悪いことに,いずれの記法でも $k$ と $l$ の役割を逆にしている本もある;例えば,本書の前版では $T^l_k(V)$ という記法を,ここで $T^{(k,l)}(V)$ と表している空間に使っていた.ここで採用した記法は一般的で,ほとんどの場合同じ意味になるので選んだものである.いつもの教訓だが,微分幾何学の本を読むときは,著者の記法の約束を必ず確認すること.
$V$ が有限次元の場合,$V$ の任意の基底の選択によって,$V$ 上のすべてのテンソル空間の基底が自動的に得られる.次の系は命題から直接導かれる.
$V$ を $n$ 次元の実ベクトル空間とする.$E_i$ を $V$ の任意の基底,$\varepsilon^j$ をその双対基底とする.このとき,次の集合は $V$ 上の各テンソル空間の基底となる: \begin{align} \{ \varepsilon^{i_1} \otimes \cdots \otimes \varepsilon^{i_k} \mid 1 \leq i_1,\ldots,i_k \leq n \} \quad\text{は}\quad T^k(V^*)\ \text{の基底} \\ \{ E_{i_1} \otimes \cdots \otimes E_{i_k} \mid 1 \leq i_1,\ldots,i_k \leq n \} \quad\text{は}\quad T^k(V)\ \text{の基底} \end{align} よって,$\dim T^k(V^*) = \dim T^k(V) = n^k$,$\dim T^{(k,l)}(V) = n^{k+l}$ である.
特に,$V$ の基底を一つ選ぶと,任意の共変 $k$-テンソル $\alpha \in T^k(V^*)$ は一意的に $$ \alpha = \alpha_{i_1\cdots i_k} \varepsilon^{i_1} \otimes \cdots \otimes \varepsilon^{i_k} $$ の形で書ける.ここで,$n^k$ 個の係数 $\alpha_{i_1\cdots i_k}$ は $$ \alpha_{i_1\cdots i_k} = \alpha(E_{i_1}, \ldots, E_{i_k}) $$ によって定まる.例えば,$T^2(V^*)$ は $V$ 上の双線形形式の空間であり,任意の双線形形式は一意的に $\beta = \beta_{ij} \varepsilon^i \otimes \varepsilon^j$ の形で書ける(ここで $\beta_{ij}$ は $n \times n$ の行列).
本稿では主に共変テンソルを扱う.したがって,特に断りがない限り,テンソルは常に共変テンソルを意味する.ただし,反変テンソルや混合型テンソルも微分幾何学のより高度な分野,特にRiemann幾何学では重要な役割を果たすことを知っておく必要がある.
一般に,共変テンソルの引数の順序を入れ替えても,その値がどのように変化するかは予測できない.しかし,特別なテンソル,例えばドット積(内積)は,引数を並べ替えても値が変わらない.他にも,行列式のようなテンソルは,2つの引数を入れ替えると値の符号が反転する.本節では,引数の並べ替えに対して単純な変化をする2種類のテンソル,すなわち対称テンソルと交代テンソルについて説明する.
対称テンソル
$V$ を有限次元ベクトル空間とする.$V$ 上の共変 $k$-テンソル $\alpha$ が対称であるとは,任意の2つの引数を入れ替えても値が変わらないことをいう: $$ \alpha(v_1,\ldots,v_i,\ldots,v_j,\ldots,v_k) = \alpha(v_1,\ldots,v_j,\ldots,v_i,\ldots,v_k) $$ ただし $1 \leq i < j \leq k$ である.
対称共変 $k$-テンソル全体の集合は,$V$ 上のすべての共変 $k$-テンソル空間 $T^k(V^*)$ の線形部分空間となり,この部分空間を $\Sigma^k(V^*)$ で表す.$T^k(V^*)$ から $\Sigma^k(V^*)$ への自然な射影が次のように定義される.まず,$S_k$ を $k$ 個の要素の対称群,すなわち集合 $\{1, \ldots, k\}$ の置換全体の群とする.$k$-テンソル $\alpha$ と置換 $\sigma \in S_k$ が与えられたとき,新たな $k$-テンソル ${}^{\sigma}\alpha$ を $$ {}^{\sigma}\alpha(v_1,\ldots,v_k) = \alpha(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(k)}) $$ で定義する.なお,${}^{\tau}({}^{\sigma}\alpha) = {}^{\tau\sigma}\alpha$ であり,ここで $\tau\sigma$ は $\tau$ と $\sigma$ の合成,すなわち $(\tau\sigma)(i) = \tau(\sigma(i))$ である(この記法で $\sigma$ を $\alpha$ の前に書く理由はこの合成則による).
対称化
対称化とは,$T^k(V^*)$ から対称テンソル空間 $\Sigma^k(V^*)$ への射影であり,次のように定義される: $$ \mathrm{Sym}(\alpha) = \frac{1}{k!} \sum_{\sigma \in S_k} {}^{\sigma}\alpha $$ より具体的には, $$ (\mathrm{Sym}(\alpha))(v_1,\ldots,v_k) = \frac{1}{k!} \sum_{\sigma \in S_k} \alpha(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(k)}) $$
対称化の性質
$\alpha$ を有限次元ベクトル空間上の共変テンソルとする.
- $\mathrm{Sym}(\alpha)$ は対称テンソルである.
- $\mathrm{Sym}(\alpha) = \alpha$ となるのは,$\alpha$ が対称テンソルの場合に限る.
$\alpha$ と $\beta$ が $V$ 上の対称テンソルであっても,$\alpha \otimes \beta$ は一般には対称テンソルにはならない.しかし,対称化作用素を用いることで,2つの対称テンソルから新たな対称テンソルを得る積を定義することができる.
対称積
$\alpha \in \Sigma^k(V^*)$, $\beta \in \Sigma^l(V^*)$ のとき,その対称積を,$(k+l)$-テンソル $\alpha\beta$(積記号なしで並べて書く)として次のように定義する: $$ \alpha\beta = \mathrm{Sym}(\alpha \otimes \beta) $$ より具体的には,$\alpha\beta$ の $v_1, \ldots, v_{k+l}$ への作用は $$ \alpha\beta(v_1,\ldots,v_{k+l}) = \frac{1}{(k+l)!} \sum_{\sigma \in S_{k+l}} \alpha(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(k)}) \beta(v_{\sigma(k+1)},\ldots,v_{\sigma(k+l)}) $$ で与えられる.
対称積の性質
- 対称積は対称かつ双線形である:任意の対称テンソル $\alpha, \beta, \gamma$ と任意の $a, b \in \mathbb{R}$ について, \begin{align} \alpha\beta =& \beta\alpha \\ (a\alpha + b\beta)\gamma =& a\alpha\gamma + b\beta\gamma = \gamma(a\alpha + b\beta) \end{align}
- $\alpha, \beta$ が余ベクトルの場合, $$ \alpha\beta = \frac{1}{2}(\alpha \otimes \beta + \beta \otimes \alpha) $$
交代テンソル
$V$ を有限次元実ベクトル空間とする.$V$ 上の共変 $k$-テンソル $\alpha$ が交代的(または反対称的,歪対称的)であるとは,任意の2つの引数を入れ替えると符号が反転することをいう.すなわち,任意のベクトル $v_1, \ldots, v_k \in V$ と異なる添字 $i, j$ について, $$ \alpha(v_1,\ldots,v_i,\ldots,v_j,\ldots,v_k) = -\alpha(v_1,\ldots,v_j,\ldots,v_i,\ldots,v_k) $$ を満たす.交代的共変 $k$-テンソルは,外積形式,多重余ベクトル,$k$-余ベクトルなどとも呼ばれる.$V$ 上のすべての交代的共変 $k$-テンソルの部分空間は $\Lambda^k(V^*) \subset T^k(V^*)$ で表される.
任意の置換 $\sigma \in S_k$ について,$\sigma$ の符号($\mathrm{sgn}\,\sigma$)は,$\sigma$ が偶置換(すなわち,偶数回の転置の合成で書ける場合)には $+1$,奇置換(奇数回の転置の合成で書ける場合)には $-1$ である.
すべての0-テンソル(単なる実数)は,入れ替える引数がないため,対称でも交代的でもある.同様に,すべての1-テンソルも対称かつ交代的である.$V$ 上の交代的2-テンソルは,歪対称な双線形形式である.興味深いことに,任意の共変2-テンソル $\beta$ は,交代的テンソルと対称的テンソルの和として表すことができる.なぜなら, \begin{align} \beta(v,w) =& \frac{1}{2}(\beta(v,w)-\beta(w,v)) + \frac{1}{2}(\beta(v,w)+\beta(w,v)) \\ =& \alpha(v,w) + \sigma(v,w) \end{align} ここで,$\alpha(v,w) = \frac{1}{2}(\beta(v,w)-\beta(w,v))$ は交代的テンソル,$\sigma(v,w) = \frac{1}{2}(\beta(v,w)+\beta(w,v))$ は対称的テンソルである.これは高階のテンソルについては一般には成り立たない.
交代テンソルに対しても対称化や対称積に類似した操作が存在するが,これらについては後で交代テンソルの性質をより詳しく学ぶ際に導入することにする.
テンソル束
境界の有無を問わない滑らかな多様体 $M$ を考える.$M$ 上の共変 $k$-テンソル束を次のように定義する: $$ T^kT^*(M)=\bigsqcup_{p\in M} T^k(T^*_pM) $$ 同様に,反変 $k$-テンソル束を $$ T^kT(M)=\bigsqcup_{p\in M} T^k(T_pM) $$ 型 $(k, l)$ の混合テンソル束を $$ T^{(k,l)}T(M)=\bigsqcup_{p\in M} T^{(k,l)}(T_pM) $$ と定義する.これらのいずれかの束は,$M$ 上のテンソル束と呼ばれる(したがって,接束や余接束はテンソル束の特別な場合である).テンソル束の切断は,$M$ 上の(共変・反変・混合型の)テンソル場と呼ばれる.滑らかなテンソル場とは,ベクトル束の滑らかな切断の通常の意味で滑らかな切断である.
上記の同一視を使うと,反変1-テンソル場はベクトル場と同じであり,共変1-テンソル場は余ベクトル場と同じである.0-テンソルは単なる実数なので,0-テンソル場は連続な実数値関数と同じ意味になる.
これらのテンソル束の滑らかな切断全体の空間($\Gamma(T^kT^*M)$, $\Gamma(T^kTM)$, $\Gamma(T^{(k,l)}TM)$)は,$\mathbb{R}$ 上の無限次元ベクトル空間であり,$C^\infty(M)$ 上の加群となる.任意の滑らかな局所座標系 $(x^i)$ において,これらの切断は(縮約記法を用いて)次のように書ける: $$ A = \left\{ \begin{aligned} &A_{i_1\cdots i_k}dx^{i_1}\otimes\cdots\otimes dx^{i_k} & &A\in\Gamma(T^kT^*M) \\ &A^{i_1\cdots i_k} \frac{\partial}{\partial x^{i_1}}\otimes\cdots\otimes \frac{\partial}{\partial x^{i_k}} & &A\in\Gamma(T^kTM) \\ &A^{i_1\cdots i_k}_{j_1\cdots j_l}\frac{\partial}{\partial x^{i_1}}\otimes\cdots\otimes \frac{\partial}{\partial x^{i_k}}\otimes dx^{j_1}\otimes\cdots\otimes dx^{j_l} & &A\in\Gamma(T^{(k,l)}TM) \end{aligned} \right. $$ ここで,$A_{i_1\cdots i_k}$, $A^{i_1\cdots i_k}$, $A^{i_1\cdots i_k}_{j_1\cdots j_l}$ は選んだ座標系における $A$ の成分関数と呼ばれる.特に,滑らかな共変テンソル場が主な関心対象となるため,以下の略記を導入する: $$ \mathcal{T}^k(M)=\Gamma(T^kT^*M) $$
テンソル場の滑らかさの基準
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$A: M \to T^kT^*M$ を粗い切断とする.次は同値である:
- $A$ は滑らかである.
- 任意の滑らかな座標チャートにおいて,$A$ の成分関数が滑らかである.
- $M$ の各点について,その点を含む座標チャートが存在し,その中で $A$ が滑らかな成分関数を持つ.
- 任意の $X_1, \ldots, X_k \in \mathfrak{X}(M)$ に対して,関数 $A(X_1, \ldots, X_k): M \to \mathbb{R}$ を $$ A(X_1,\ldots,X_k)(p) = A_p(X_1|_p,\ldots,X_k|_p) $$ で定めると,これは滑らかである.
- 任意の開集合 $U \subset M$ と $U$ 上の滑らかなベクトル場 $X_1, \ldots, X_k$ に対して,関数 $A(X_1, \ldots, X_k): U \to \mathbb{R}$ は $U$ 上で滑らかである.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$A \in \mathcal{T}^k(M)$,$B \in \mathcal{T}^l(M)$,$f \in C^\infty(M)$ とする.このとき,$fA$ および $A \otimes B$ も滑らかなテンソル場であり,任意の滑らかな局所座標チャートにおける成分は次のように与えられる: \begin{align} (fA)_{i_1\cdots i_k} =&\ f A_{i_1\cdots i_k} \\ (A \otimes B)_{i_1\cdots i_{k+l}} =&\ A_{i_1\cdots i_k} B_{i_{k+1}\cdots i_{k+l}} \end{align}
上の命題の(4)より,$A$ が $M$ 上の滑らかな共変 $k$-テンソル場で,$X_1,\ldots, X_k$ が滑らかなベクトル場であるとき,$A(X_1, \ldots, X_k)$ は $M$ 上の滑らかな実数値関数となる.したがって,$A$ は $$ \mathfrak{X}(M)\times \cdots \times \mathfrak{X}(M) \to C^\infty(M) $$ という写像を誘導する.この写像が $\mathbb{R}$ 上多重線形であることは容易に分かる.実際にはさらに強い性質が成り立つ:この写像は $C^\infty(M)$ 上多重線形である.すなわち,$f, f' \in C^\infty(M)$ および $X_i, X_i' \in \mathfrak{X}(M)$ に対して, \begin{align} &A(X_1,\ldots,fX_i+f'X_i',\ldots,X_k) \\ &=fA(X_1,\ldots,X_i,\ldots,X_k)+f'A(X_1,\ldots,X_i',\ldots,X_k) \end{align} この性質は,次の補題が示すように,滑らかなテンソル場の特徴となる.
滑らかなテンソル場の特徴
写像 $$ \mathfrak{A}: \mathfrak{X}(M) \times \cdots \times \mathfrak{X}(M) \to C^\infty(M) $$ が上記のような滑らかな共変 $k$-テンソル場によって誘導されるのは,それが $C^\infty(M)$ 上多重線形である場合に限る.
対称テンソル場
(境界の有無を問わない)多様体上の対称テンソル場とは,各点で値が対称テンソルとなる共変テンソル場のことである.
複数のテンソル場の対称積は,テンソル積と同様に各点ごとに定義される.例えば,$A$, $B$ が滑らかな余ベクトル場であるとき,その対称積 $AB$ は滑らかな2-テンソル場となり,上の命題の(2)より $$ AB=\frac{1}{2}(A\otimes B + B\otimes A) $$ で与えられる.
交代テンソル場は微分形式と呼ばれ,これについては後で詳しく述べる.
余ベクトル場と同様に,滑らかな写像によって共変テンソル場を引き戻すことで,定義域上のテンソル場を得ることができる(この構成は共変テンソル場の場合にのみ成り立つため,主に共変テンソル場に注目する理由の一つとなっている).
テンソル場の引き戻し
$F: M \to N$ を滑らかな写像とする.任意の点 $p \in M$ と任意の $k$-テンソル $\alpha \in T^k(T^*_{F(p)}N)$ に対し,$dF_p^*(\alpha) \in T^k(T^*_p M)$ を $F$ による $\alpha$ の点ごとの引き戻しテンソルと呼び,次のように定義する: $$ dF_p^*(\alpha)(v_1,\ldots,v_k) = \alpha(dF_p(v_1),\ldots,dF_p(v_k)) $$ ここで $v_1, \ldots, v_k \in T_p M$ である.$A$ が $N$ 上の共変 $k$-テンソル場であるとき,$M$ 上の粗い $k$-テンソル場 $F^*A$ を $F$ による $A$ の引き戻しと呼び,次のように定義する: $$ (F^*A)_p = dF_p^*(A_{F(p)}) $$ このテンソル場は,$v_1, \ldots, v_k \in T_p M$ に対して $$ (F^*A)_p(v_1,\ldots,v_k)=A_{F(p)}(dF_p(v_1),\ldots,dF_p(v_k)) $$ のように作用する.
テンソル場の引き戻しの性質
$F: M \to N$, $G: N \to P$ を滑らかな写像,$A$, $B$ を $N$ 上の共変テンソル場,$f$ を $N$ 上の実数値関数とする.
- $F^*(fB) = (f \circ F) F^*B$
- $F^*(A \otimes B) = F^*A \otimes F^*B$
- $F^*(A + B) = F^*A + F^*B$
- $F^*B$ は(連続な)テンソル場であり,$B$ が滑らかなら $F^*B$ も滑らかである.
- $(G \circ F)^*B = F^*(G^*B)$
- $(\text{Id}_N)^*B = B$
$f$ が連続な実数値関数(すなわち0-テンソル場),$B$ が$k$-テンソル場であるとき,$f \circ B$ を $fB$ と解釈し,$F \circ f$ を $f \circ F$ と解釈するのは,これまでの定義と矛盾しない.この解釈のもとでは,前命題の(1)の性質は(2)の特殊な場合にすぎない.
$F: M \to N$ を滑らかな写像,$B$ を $N$ 上の共変 $k$-テンソル場とする.$p \in M$ で,$N$ の近傍で滑らかな座標 $y^i$ を取ると,$F^*B$ の $p$ の近傍での表現は次のようになる: \begin{align} &F^*(B_{i_1\cdots i_k}dy^{i_1}\otimes\cdots\otimes dy^{i_k}) \\ =&(B_{i_1\cdots i_k}\circ F)d(y^{i_1}\circ F)\otimes\cdots\otimes d(y^{i_k}\circ F) \end{align}
この系の意味は,$F^*B$ の計算方法が余ベクトル場の引き戻しを計算したときと同じである,ということである.すなわち,$B$ の式中に $y^i$ が現れたら,$F$ の第 $i$ 成分関数で置き換えて展開すればよい,ということである.
一般に,混合型テンソル場には押し出しや引き戻しの操作は定義できない.しかし,微分同相写像の場合には,任意の型(共変・反変・混合型)のテンソル場を自由に押し出し・引き戻しできる.
Lie微分作用素は任意の階数のテンソル場に拡張できる.通常通り,共変テンソルに注目するが,反変テンソルや混合型テンソルについても同様の結果がほぼそのまま成り立つ.
$M$ を滑らかな多様体,$V$ を $M$ 上の滑らかなベクトル場,$\theta$ をそのフローとする(簡単のため,ここでは $M$ に境界がない場合のみ議論するが,$V$ が境界に接している場合は,定義や結果はほぼそのまま境界付き多様体にも適用できる).任意の $p \in M$ について,$t$ が十分 $0$ に近いとき,$\theta_t$ は $p$ の近傍から $\theta_t(p)$ の近傍への微分同相写像となるので,$d(\theta_t)_p^*$ は $\theta_t(p)$ におけるテンソルを $p$ に引き戻す線形写像を次の式で与える: $$ d(\theta_t)_p^*(A_{\theta_t(p)})(v_1,\ldots,v_k)=A_{\theta_t(p)}(d(\theta_t)_p(v_1),\ldots,d(\theta_t)_p(v_k)) $$ ここで $d(\theta_t)_p^*A_{\theta_t(p)}$ は,$p$ における引き戻しテンソル場の値そのものであることに注意する.
テンソル場のLie微分
$M$ 上の滑らかな共変テンソル場 $A$ が与えられたとき,$A$ のベクトル場 $V$ に関するLie微分($\mathcal{L}_V A$)は次のように定義される: $$ (\mathcal{L}_V A)_p = \frac{d}{dt}\bigg|_{t=0} (\theta_t^* A)_p = \lim_{t \to 0} \frac{d(\theta_t)_p^*(A_{\theta_t(p)}) - A_p}{t} $$ ただし,微分が存在する場合.この微分される式はすべての $t$ で $T^k(T^*_p M)$ の元なので,$(\mathcal{L}_V A)_p$ は $T^k(T^*_p M)$ の元として意味を持つ.

上記の $M, V, A$ に対して,上の微分はすべての $p \in M$ で存在し,これによって $\mthcal{L}_V A$ は $M$ 上の滑らかなテンソル場として定義される.
$M$ を滑らかな多様体,$V$ を $M$ 上の滑らかなベクトル場とする.$f$ を $M$ 上の滑らかな実数値関数(0-テンソル場),$A, B$ を $M$ 上の滑らかな共変テンソル場とする.
- $\mathcal{L}_V f = V(f)$ である.
- $\mathcal{L}_V(fA) = (\mathcal{L}_V f)A + f\,\mathcal{L}_V A$ である.
- $\mathcal{L}_V(A \otimes B) = (\mathcal{L}_V A) \otimes B + A \otimes (\mathcal{L}_V B)$ である.
- $X_1, \ldots, X_k$ を滑らかなベクトル場,$A$ を滑らかな $k$-テンソル場とするとき, \begin{align} \mathcal{L}_V(A(X_1,\ldots,X_k)) =& (\mathcal{L}_V A)(X_1,\ldots,X_k) + A(\mathcal{L}_V X_1,\ldots,X_k) \\ &+ \cdots + A(X_1,\ldots,\mathcal{L}_V X_k) \end{align}
この命題の帰結の一つは,任意の滑らかな共変テンソル場のLie微分を,Lie括弧と通常の関数の方向微分で表す次の公式である.この公式により,フローを先に求めなくてもLie微分を計算できる.
$V$ を滑らかなベクトル場,$A$ を滑らかな共変 $k$-テンソル場とする.任意の滑らかなベクトル場 $X_1, \ldots, X_k$ に対して,次の公式が成り立つ: \begin{align} (\mathcal{L}_V A)(X_1,\ldots,X_k) =&\ V(A(X_1,\ldots,X_k)) - A([V,X_1], X_2, \ldots, X_k) \\ & - \cdots - A(X_1, \ldots, X_{k-1}, [V, X_k]) \end{align}
$f \in C^\infty(M)$ のとき,$\mathcal{L}_V(df) = d(\mathcal{L}_V f)$ である.
上式の欠点は,点 $p \in M$ で $v_1, \ldots, v_k$ に対する $\mathcal{L}_V A$ の値を計算するために,まずそれらを $p$ の近傍でベクトル場に拡張しなければならないことである.しかし,上の命題と系により,任意のテンソル場は局所的に関数と正確な 1-形式のテンソル積の線形結合として書けるので,この問題を回避して座標でLie微分を簡単に計算する方法が得られる.
ベクトル場 $W$ のベクトル場 $V$ に関するLie微分がゼロであることと,$W$ が $V$ のフローで不変であることは同値である.実は,余ベクトル場や一般の共変テンソル場のLie微分も全く同じ解釈を持つ.$A$ を $M$ 上の滑らかなテンソル場,$\theta$ を $M$ 上のフローとする.$A$ が $\theta$ で不変であるとは,各 $t$ について,$\theta_t$ が $A$ を自分自身に引き戻すこと,すなわち $$ d(\theta_t)_p^*(A_{\theta_t(p)}) = A_p $$ が $\theta$ の定義域のすべての $(t, p)$ で成り立つことをいう.$\theta$ が大域フローの場合,これは $\theta_t^* A = A$(すべての $t \in \mathbb{R}$)と同値である.
Lie微分とフローによる不変性の関係を証明するためには,次の命題が必要である.この命題は,Lie微分を用いて $t = 0$ 以外の時刻での $t$ 微分を計算できることを示しており,以前の命題のテンソル場への一般化である.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$V \in \mathfrak{X}(M)$ とする.$\partial M \neq \varnothing$ の場合は,$V$ が $\partial M$ に接していると仮定する.$V$ のフローを $\theta$ とする.任意の滑らかな共変テンソル場 $A$ と,$\theta$ の定義域内の任意の $(t_0, p)$ に対して, $$ \frac{d}{dt}\bigg|_{t=0} (\theta^*_t A)_p = (\theta_{t_0}^*(\mathcal{L}_V A))_p $$ が成り立つ.
$M$ を滑らかな多様体,$V \in \mathfrak{X}(M)$ とする.滑らかな共変テンソル場 $A$ が $V$ のフローで不変であることと,$\mathcal{L}_V A = 0$ であることは同値である.
微分形式
テンソルを導入した際,引数の順序を入れ替えたときに値が予測可能に変化する2つの特別なテンソルのクラス,すなわち対称テンソルと交代テンソルがあることを見た.本節では,交代テンソル,特に多様体上の交代テンソル場である微分形式の理論を展開し始める.一見素朴に思えるこれらの対象だが,実は対称テンソル場よりも滑らかな多様体論においてはるかに重要な役割を果たすことが分かる.
微分形式の理論の多くは,余ベクトル場(共変ベクトル場)の理論の一般化とみなすことができる.実際,余ベクトル場は微分形式の最も単純な例である.最も本質的には,余ベクトル場は座標に依存しない方法で曲線上に積分できる対象であり,同様に微分形式もより高次元の部分多様体上に積分できる対象となることが分かる.微分形式の積分理論は後で展開するが,その冒頭で交代テンソル場が積分の対象として自然である理由について直感的な説明を与える.
微分形式は積分の対象となるだけでなく,多変数微積分における外積・回転・発散・Jacobi行列式といった多様な概念を一般化する枠組みを提供する.また,向き付け,de Rhamコホモロジー,葉層構造,シンプレクティック多様体などの理論にも不可欠である.
この節の冒頭では,有限次元ベクトル空間上の交代テンソルの代数を調べることから始める.線形代数的な設定でこれらのテンソルの計算的性質を探った後,それらを滑らかな多様体へと移し,微分形式の性質を考察し始める.
この節の核心は,微分形式に対する最も重要な演算である「外微分」の導入である.外微分は,滑らかな関数の微分や,多変数微積分における勾配・発散・回転演算子を一般化するものである.外微分は微分形式に作用し,次数が1つ高い新たな微分形式を与える.特筆すべきは,外微分が任意の滑らかな多様体上で,いかなる恣意的な選択もなしに自然に定義できる,数少ない微分演算子の一つであるという点である.
この節の最後では,外微分を用いることで微分形式のLie微分の計算が簡単になることを示す.
$V$ を有限次元(実)ベクトル空間とする.$V$ 上の共変 k-テンソルが「交代的」であるとは,2つの引数を入れ替えると値の符号が反転する場合,あるいは任意の置換によって値がその置換の符号倍になる場合をいう.交代的な共変 $k$-テンソルは,外積形式,多重余ベクトル,$k$-余ベクトルとも呼ばれる.$V$ 上のすべての $k$-余ベクトルのベクトル空間は $\Lambda^k(V)$ で表される.すべての0-テンソルと1-テンソルは交代的である.
次の補題は,交代テンソルの有用な特徴付けをさらに2つ与える.
$V$ 上の共変 $k$-テンソル $\alpha$ について,次の条件は同値である:
- $\alpha$ は交代的である.
- 任意の $k$ 組 $(v_1,\ldots, v_k)$ が線形従属ならば,$\alpha(v_1,\ldots, v_k) = 0$ となる.
- $\alpha$ の引数のうち 2 つが等しい場合,値は常に $0$ になる: $$ \alpha(v_1,\ldots,w,\ldots,w,\ldots,v_k)=0 $$
以前,対称化と呼ばれる射影 $\mathrm{Sym}: T^k(V^*) \to \Sigma^k(V^*)$ を定義した.
交代化
対称化と同様に,交代化と呼ばれる射影 $\mathrm{Alt}: T^k(V^*) \to \Lambda^k(V^*)$ を次のように定義する: $$ \mathrm{Alt}\,\alpha = \frac{1}{k!} \sum_{\sigma \in S_k} (\mathrm{sgn}\,\sigma)\,{}^{\sigma}\alpha $$ ここで $S_k$ は $k$ 個の要素の対称群,$\mathrm{sgn}\,\sigma$ は置換 $\sigma$ の符号である.より具体的には, $$ (\mathrm{Alt}\,\alpha)(v_1,\ldots,v_k) = \frac{1}{k!} \sum_{\sigma \in S_k} (\mathrm{sgn}\,\sigma)\,\alpha(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(k)}) $$
交代化の性質
$\alpha$ を有限次元ベクトル空間上の共変テンソルとする.
- $\mathrm{Alt}\,\alpha$ は交代的である.
- $\mathrm{Alt}\,\alpha = \alpha$ となるのは,$\alpha$ が交代的な場合に限る.
交代テンソルの計算には,次の記法が非常に便利である.正の整数 $k$ が与えられたとき,$k$ 個の正の整数からなる順序付き $k$ 組 $I = (i_1, \ldots, i_k)$ を,長さ $k$ のマルチインデックスと呼ぶ.$I$ がマルチインデックスで,$\sigma \in S_k$ が $\{1, \ldots, k\}$ の置換であるとき,$I_\sigma$ を次のマルチインデックスとして書く: $$ I_{\sigma}=(i_{\sigma(1)},\ldots,i_{\sigma(k)}) $$ なお,$\sigma, \tau \in S_k$ に対して $I_{\sigma\tau} = (I_\sigma)_\tau$ となることに注意せよ.
$V$ を $n$ 次元ベクトル空間とし,$(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$ を $V^*$ の任意の基底とする.ここで,$\mathbb{R}^n$ 上の行列式関数を一般化する $k$-余ベクトルの族を定義する.長さ $k$ のマルチインデックス $I = (i_1, \ldots, i_k)$($1 \leq i_1, \ldots, i_k \leq n$)ごとに,$k$-余ベクトル $\varepsilon^I = \varepsilon^{i_1\cdot i_k}$ を次のように定める: $$ \varepsilon^I(v_1,\ldots,v_k) = \mathrm{det} \begin{pmatrix} \varepsilon^{i_1}(v_1) & \cdots & \varepsilon^{i_1}(v_k) \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ \varepsilon^{i_k}(v_1) & \cdots & \varepsilon^{i_k}(v_k) \end{pmatrix} = \mathrm{det} \begin{pmatrix} v^{i_1}_1 & \cdots & v^{i_1}_k \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ v^{i_k}_1 & \cdots & v^{i_k}_k \end{pmatrix} $$ すなわち,$v_1, \ldots, v_k$ の各ベクトルの成分を基底 $(E_i)$ に関して並べた $n \times k$ 行列 $\bm{v}$ のうち,行 $i_1, \ldots, i_k$ だけを抜き出した $k \times k$ 部分行列の行列式が $\varepsilon^I(v_1, \ldots, v_k)$ となる.行列式は列を入れ替えると符号が反転するため,$\varepsilon^I$ は交代的な $k$-テンソルである.
基本交代テンソル
この $\varepsilon^I$ を基本交代テンソルまたは基本 $k$-余ベクトルと呼ぶ.
基本交代テンソルの計算を簡潔にするために,Kroneckerのデルタ記号を次のように拡張するのが有用である.$I$ と $J$ が長さ $k$ のマルチインデックスであるとき, $$ \delta^I_J=\mathrm{det} \begin{pmatrix} \delta^{i_1}_{j_1} & \cdots & \delta^{i_1}_{j_k} \\ \vdots & \ddots & \vdots \\ \delta^{i_k}_{j_1} & \cdots & \delta^{i_k}_{j_k} \end{pmatrix} $$ と定義する.
基本 $k$-余ベクトルの性質
$(E_i)$ を $V$ の基底,$(\varepsilon^i)$ を $V^*$ の双対基底,$\varepsilon^I$ を上記で定義した基本交代テンソルとする.
- $I$ に重複する添字がある場合,$\varepsilon^I = 0$ となる.
- $J = I_\sigma$($\sigma \in S_k$)のとき,$\varepsilon^I = (\mathrm{sgn}\,\sigma)\varepsilon^J$ となる.
- 基底ベクトルの並びに対する $\varepsilon^I$ の値は $$ \varepsilon^I(E_{j_1},\ldots,E_{j_k})=\delta^I_J $$ で与えられる.
基本 $k$-余ベクトルの重要性は,$\Lambda^k(V^*)$ の便利な基底を与える点にある.もちろん,すべての $\varepsilon^I$ が線形独立というわけではなく,いくつかはゼロになり,同じマルチインデックスの異なる順列に対応するものは互いにスカラー倍の関係になる.しかし,次の命題が示すように,適切なマルチインデックスの部分集合に制限すれば基底を得ることができる.マルチインデックス $I = (i_1, \ldots, i_k)$ が「増加的」であるとは,$i_1 < \cdots < i_k$ となる場合をいう.増加的なマルチインデックスだけを対象に和を取るときは,プライム記号付きの和記号を使うと便利である.例えば, $$ \sum_I'\alpha_I\varepsilon^I=\sum_{\{ I:i_1 < \cdots < i_k \}}\alpha_I\varepsilon^I $$
$\Lambda^k(V^*)$の基底
$V$ を $n$ 次元ベクトル空間とする.$V^*$ の任意の基底 $(\varepsilon^i)$ に対し,任意の正の整数 $k \leq n$ について,長さ $k$ の増加的マルチインデックス $I$ ごとに定まる $k$-余ベクトル $$ \mathcal{E} = \{ \varepsilon^I \mid I \text{ は長さ } k \text{ の増加的マルチインデックス} \} $$ の集合は $\Lambda^k(V^*)$ の基底となる.したがって, $$ \dim \Lambda^k(V^*) = \binom{n}{k} = \frac{n!}{k!(n-k)!} $$ である.$k > n$ のときは $\dim \Lambda^k(V^*) = 0$ となる.
特に,$n$ 次元ベクトル空間 $V$ に対して,上の命題は $\Lambda^n(V^*)$ が1次元であり,$\varepsilon^{1\cdots n}$ によって張られることを意味する.定義より,この基本 $n$-余ベクトルは,ベクトル $(v_1, \ldots, v_n)$ に対して,それらの成分行列 $v = (v^i_j)$ の行列式を取ることで作用する.例えば,$\mathbb{R}^n$ の標準基底に対しては,$\varepsilon^{1\cdots n}$ はまさに行列式関数そのものである.
この事実の帰結の一つは,$n$次元空間上の $n$-余ベクトルが線形写像のもとでどのように振る舞うかを記述する便利な方法が得られることである.線形写像 $T: V \to V$ の行列式は,任意の基底に関する $T$ の行列表示の行列式として定義される.
線形写像の行列式と基本 $n$-余ベクトル
$V$ を $n$ 次元ベクトル空間,$\omega \in \Lambda^n(V^*)$ とする. $T: V \to V$ を任意の線形写像,$v_1, \ldots, v_n$ を $V$ の任意のベクトルとするとき, $$ \omega(Tv_1,\ldots,Tv_n) = (\mathrm{det}\,T)\omega(v_1,\ldots,v_n) $$
以前,対称積を定義した.これは,2つの対称テンソル $\alpha,\beta$ を取って,もう一つの対称テンソル $\alpha\beta = \mathrm{Sym}(\alpha \otimes \beta)$ を与えるものであり,その階数は元のテンソルの階数の和となる.
この節では,交代テンソルに対しても同様の積演算を定義する.対称テンソルの場合と同様に,交代テンソル $\alpha$ と $\beta$ の積を $\mathrm{Alt}(\alpha \otimes \beta)$ と定義する方法もあるが,ここでは一見複雑に見えるが計算により適した別の定義を用いる.
ウェッジ積
ここでも $V$ を有限次元実ベクトル空間と仮定する. $\omega \in \Lambda^k(V^*)$,$\eta \in \Lambda^l(V^*)$ に対し, そのウェッジ積を次の $(k+l)$-余ベクトルとして定義する: $$ \omega \wedge \eta = \frac{(k+l)!}{k!l!}\mathrm{Alt}(\omega \otimes \eta) $$
この係数の理由は,次の補題の記述が簡潔になることにある.
$V$ を $n$ 次元ベクトル空間とし,$(\varepsilon^1, \ldots, \varepsilon^n)$ を $V^*$ の基底とする.任意のマルチインデックス $I = (i_1, \ldots, i_k)$ および $J = (j_1, \ldots, j_l)$ に対して, $$ \varepsilon^I \wedge \varepsilon^J = \varepsilon^{IJ} $$ ここで $IJ = (i_1, \ldots, i_k, j_1, \ldots, j_l)$ は $I$ と $J$ を連結して得られるマルチインデックスである.
ウェッジ積の性質
有限次元ベクトル空間 $V$ 上の多重余ベクトル $\omega, \omega', \eta, \xi$ について,ウェッジ積の主な性質は次の通りである:
- 双線形性: $a, a' \in \mathbb{R}$ のとき, \begin{align} (a\omega + a'\omega') \wedge \eta &= a(\omega \wedge \eta) + a'(\omega' \wedge \eta) \\ \eta \wedge (a\omega + a'\omega') &= a(\eta \wedge \omega) + a'(\eta \wedge \omega') \end{align}
- 結合律: $$ \omega \wedge (\eta \wedge \xi) = (\omega \wedge \eta) \wedge \xi $$
- 反交換律: $\omega \in \Lambda^k(V^*)$, $\eta \in \Lambda^l(V^*)$ のとき, $$ \omega \wedge \eta = (-1)^{kl} \eta \wedge \omega $$
- $V^*$ の任意の基底 $\varepsilon^i$ とマルチインデックス $I = (i_1, \ldots, i_k)$ について, $$ \varepsilon^{i_1} \wedge \cdots \wedge \varepsilon^{i_k} = \varepsilon^I $$
- 任意の余ベクトル $\omega^1, \ldots, \omega^k$ とベクトル $v_1, \ldots, v_k$ について, $$ \omega^1 \wedge \cdots \wedge \omega^k(v_1, \ldots, v_k) = \mathrm{det}(\omega^j(v_i)) $$
この補題の(4)より,今後は$\varepsilon^I$と$\varepsilon^{i_1}\wedge\cdots\wedge\varepsilon^{i_k}$の記法を同じ意味で使うことにする.
分解可能な $k$-余ベクトル
$k$-余ベクトル $\omega$ が分解可能であるとは,$\omega$ が $$ \omega = \omega^1 \wedge \cdots \wedge \omega^k $$ の形で,$\omega^1, \ldots, \omega^k$ を余ベクトルとして表せる場合をいう.
重要なのは,$k > 1$ のとき,すべての $k$-余ベクトルが分解可能とは限らないことである.しかし,すべての $k$-余ベクトルは分解可能なものの線形結合として表すことができる.
ウェッジ積の定義と計算的性質は一見すると複雑に思えるかもしれない.しかし,実際に必要となるのは,前の命題で述べた性質だけである.実際,これらの性質だけでウェッジ積は一意に決定される.
外積代数
任意の $n$ 次元ベクトル空間 $V$ に対し,ベクトル空間 $$ \Lambda(V^*) = \bigoplus_{k=0}^n \Lambda^k(V^*) $$ を定義する.命題より,$\dim \Lambda(V^*) = 2^n$ である.命題は,ウェッジ積によって $\Lambda(V^*)$ が結合代数(外積代数またはGrassmann代数)になることを示している.この代数は可換ではないが,それに密接に関連する性質を持つ.代数 $A$ が次数付きであるとは,$A = \bigoplus_{k \in \mathbb{Z}} A_k$ という直和分解を持ち,積が $A_k \cdot A_l \subset A_{k+l}$ を満たす場合をいう.次数付き代数が反可換であるとは,$a \in A_k$, $b \in A_l$ に対して,積が $ab = (-1)^{kl} ba$ を満たす場合をいう.命題より,$\Lambda(V^*)$ は反可換な次数付き代数である(ここで $A_k = \Lambda^k(V^*)$ とし,$k < 0$ または $k > n$ のときは $A_k = \{0\}$ とする).
この節の冒頭で述べたように,煩雑な係数なしでウェッジ積を定義することもできる.実際,そのような定義を採用する著者もいる.混乱を避けるため,ここではこの代替的なウェッジ積を $\bar{\wedge}$ で表す: $$ \omega \bar{\wedge} \eta = \mathrm{Alt}(\omega \otimes \eta) $$ この定義では,次のように置き換えられる: $$ \varepsilon^I \bar{\wedge} \varepsilon^J = \frac{k!l!}{(k+l)!}\varepsilon^{IJ} $$ また,次のように置き換えられる: $$ \omega^1 \bar{\wedge} \cdots \bar{\wedge} \omega^k(v_1, \ldots, v_k) = \frac{1}{k!}\mathrm{det}(\omega^j(v_i)) $$ ここで $\omega^1, \ldots, \omega^k$ は余ベクトルであることに注意(実際に計算して確認できる).
前者の定義をウェッジ積の「行列式流儀」と呼び,後者の定義を「Alt流儀」と呼ぶ.どちらの定義を使うかはほぼ好みの問題である.Alt流儀の定義はやや自然に見えるかもしれないが,行列式流儀の計算上の利点により,ほとんどの応用ではこちらが好ましく,本稿でも専らこれを用いる.行列式流儀は微分幾何学の入門書で最も一般的であり,Alt流儀は複素微分幾何学ではより一般的である.
ベクトルと交代テンソルを関連付ける重要な演算がある.
内積
$V$ を有限次元ベクトル空間とする.各 $v \in V$ に対し,線形写像 $$ i_v: \Lambda^k(V^*) \to \Lambda^{k-1}(V^*) $$ を定義する.これは $v$ による内積(interior multiplication)と呼ばれ,次のように与えられる: $$ i_v \omega(w_1,\ldots,w_{k-1}) = \omega(v, w_1, \ldots, w_{k-1}) $$ すなわち,$\omega$ の第1引数に $v$ を挿入することで得られる.慣習として,$\omega$ が0-余ベクトル(すなわち単なる実数)の場合は $i_v \omega = 0$ とする. よく使われる別の記法として, $$ v \lrcorner \omega = i_v \omega $$ がある.これは「$v$ を $\omega$ に入れる」と読むことが多い.
$V$ を有限次元ベクトル空間,$v \in V$ とする.
- $i_v \circ i_v = 0$.
- $\omega \in \Lambda^k(V^*)$, $\eta \in \Lambda^l(V^*)$ のとき, $$ i_v(\omega \wedge \eta) = (i_v \omega) \wedge \eta + (-1)^k \omega \wedge (i_v \eta) $$
ウェッジ積をAlt流儀で定義した場合,ベクトルによる$k$-形式への内積(interior multiplication)は,追加で$k$の係数を付けて定義する必要がある: $$ \bar{\iota}_v \omega(w_1,\ldots,w_{k-1}) = k\, \omega(v,w_1,\ldots,w_{k-1}) $$ $k$の係数は,Alt流儀で左辺と右辺を評価したときに現れる$1/k!$や$1/(k-1)!$の違いを補正する 役割を持つ.
ここから,境界の有無を問わない $n$ 次元滑らかな多様体 $M$ に注目する.$T^kT^*M$ は $M$ 上の共変 $k$-テンソル束であることを思い出そう.$T^kT^*M$ のうち交代的テンソルからなる部分集合を $\Lambda^kT^*M$ で表す: $$ \Lambda^kT^*M = \bigsqcup_{p \in M} \Lambda^k(T^*_p M) $$
微分形式
$\Lambda^k T^*M$ の切断は微分 $k$-形式(または単に $k$-形式)と呼ばれる.これは各点で値が交代テンソルとなる(連続な)テンソル場である.整数 $k$ は形式の次数と呼ばれる.滑らかな $k$-形式全体のベクトル空間は $$ \Omega^k(M)=\Gamma(\Lambda^k T^*M) $$ で表される.
2つの微分形式のウェッジ積(外積)は各点ごとに定義される:$k$-形式と$l$-形式のウェッジ積は$(k+l)$-形式となる.$f$ が0-形式(関数),$\eta$ が$k$-形式のとき,$f \wedge \eta$ は通常の積 $f\eta$ と解釈する.次のように定義すると, $$ \Omega^*(M)=\bigoplus_{k=0}^n \Omega^k(M) $$ ウェッジ積によって $\Omega^*(M)$ は結合的かつ反可換な次数付き代数となる.
任意の滑らかな座標チャートにおいて,$k$-形式 $\omega$ は局所的に $$ \omega=\sum_I'\omega_I\,dx^{i_1}\wedge\cdots\wedge dx^{i_k}=\sum_I'\omega_I\,dx^I $$ の形で書ける.ここで,係数 $\omega_I$ は座標領域上で定義された連続関数であり,$dx^I$ は $dx^{i_1} \wedge \cdots \wedge dx^{i_k}$ の略記である(実数値関数 $x^I$ の微分と混同しないこと).命題より,$\omega$ が $U$ 上で滑らかであることと,成分関数 $\omega_I$ が滑らかであることは同値である.微分形式の文脈では,補題(3)の結果は次のように表される: $$ dx^{i_1}\wedge\cdots\wedge dx^{i_k}\left( \frac{\partial}{\partial x^{j_1}},\ldots, \frac{\partial}{\partial x^{j_k}} \right)=\delta^I_J $$ したがって,$\omega$ の成分関数 $\omega_I$ は $$ \omega_I=\omega\left( \frac{\partial}{\partial x^{i_1}},\ldots, \frac{\partial}{\partial x^{i_k}} \right) $$ によって決まる.
$F: M \to N$ が滑らかな写像で,$\omega$ が $N$ 上の微分形式であるとき,引き戻し $F^*\omega$ は $M$ 上の微分形式となる.これは任意の共変テンソル場の場合と同様に,次のように定義される: $$ (F^*\omega)_p(v_1,\ldots,v_k)=\omega_{F(p)}(dF_p(v_1),\ldots,dF_p(v_k)) $$
$F: M \to N$ が滑らかな写像であるとする.
- $F^*: \Omega^k(N) \to \Omega^k(M)$ は $\mathbb{R}$ 上線形である.
- $F^*(\omega \wedge \eta) = (F^*\omega) \wedge (F^*\eta)$ である.
- 任意の滑らかな座標系において, $$ F^*\left( \sum_I'\omega_I dy^{i_1}\wedge\cdots\wedge dy^{i_k} \right)=\sum_{I}'(\omega_I \circ F)d(y^{i_1}\circ F)\wedge\cdots\wedge d(y^{i_k}\circ F) $$ である.
この補題は,微分形式の引き戻しの計算規則を与えており,以前に余ベクトル場や一般のテンソル場について展開したものと同様である.
同じ手法は,別の滑らかな座標チャートにおける微分形式の表示を計算する際にも利用できる.
この公式と,二重積分を直交座標から極座標に変換する公式との類似性は非常に顕著である.次の命題はこれを一般化したものである.
微分形式の引き戻し公式
$F: M \to N$ を(境界の有無を問わない)$n$ 次元滑らかな多様体間の滑らかな写像とする.$(x^i)$ および $(y^j)$ をそれぞれ $U \subset M$ および $V \subset N$ 上の滑らかな座標系とし,$u$ を $V$ 上の連続な実数値関数とする.このとき,$U \cap F^{-1}(V)$ 上で次が成り立つ: $$ F^*(u\,dy^1\wedge\cdots\wedge dy^n) = (u \circ F)\,(\mathrm{det}\, DF)\,dx^1\wedge\cdots\wedge dx^n $$ ここで $DF$ はこれらの座標系における $F$ のJacobi行列である.
微分形式の引き戻し公式の特別な場合
$U$ 上の滑らかな座標系 $(x^i)$ と $\tilde{U}$ 上の滑らかな座標系 $(\tilde{x}^j)$ が重なっているとき,$U \cap \tilde{U}$ 上で次の等式が成り立つ: $$ d\tilde{x}^1\wedge\cdots\wedge d\tilde{x}^n=\mathrm{det}\left( \frac{\partial \tilde{x}^i}{\partial x^j} \right)dx^1\wedge\cdots\wedge dx^n $$
内積(interior multiplication)はベクトル場や微分形式にも自然に拡張でき,各点ごとに作用させるだけである.すなわち,$X \in \mathfrak{X}(M)$,$\omega \in \Omega^k(M)$ のとき,$(k-1)$-形式 $X \lrcorner \omega$ を $$ (X \lrcorner \omega)_p = X_p \lrcorner \omega_p $$ で定義する.
この節では,滑らかな微分形式に作用する自然な微分演算子「外微分」を定義する.これは関数の微分の一般化である.
外微分の動機がどこから来るのかを少し説明するために,以前扱った問いに立ち返ってみよう.すべての1-形式が関数の微分になるわけではないことを思い出そう.滑らかな1-形式 $\omega$ が与えられたとき,$\omega = df$ となる滑らかな関数 $f$ が存在するための必要条件は,$\omega$ が閉じていることである.すなわち,すべての滑らかな座標チャートで $$ \frac{\partial \omega_j}{\partial x^i} - \frac{\partial \omega_i}{\partial x^j} = 0 $$ を満たすことである.この条件は命題より座標に依存しない性質なので,左辺の式自体に何らかの意味があるのではないかと期待できる.鍵となるのは,この式が添字 $i, j$ について交代的(反対称的)であることであり,交代テンソル場,すなわち2-形式の成分として解釈できるという点である.実際,各滑らかな座標チャートで次のように2-形式 $d\omega$ を定義できる: $$ d\omega=\sum_{i< j}\left( \frac{\partial \omega_j}{\partial x^i} - \frac{\partial \omega_i}{\partial x^j} \right)dx^i\wedge dx^j $$ したがって,$\omega$ が閉じていることと $d\omega = 0$ となることは同値である.
実は,$d\omega$ は座標チャートの選び方に依存せず,大域的に良く定義されることが分かる.この定義はすべての次数の微分形式に対して重要な一般化を持つ.境界の有無を問わない任意の滑らかな多様体 $M$ に対して,$d: \Omega^k(M) \to \Omega^{k+1}(M)$ という微分作用素が存在し,すべての微分形式 $\omega$ について $d(d\omega) = 0$ を満たすことを示す.したがって,滑らかな $k$-形式 $\omega$ がある $(k-1)$-形式 $\eta$ の微分 $d\eta$ で書けるための必要条件は,$d\omega = 0$ であることとなる.
Euclid空間上での外微分 $d$ の定義は次の通りである.
外微分
$U \subset \mathbb{R}^n$ または $\mathbb{H}^n$ 上の滑らかな $k$-形式 $\omega = \sum_J' \omega_J dx^J$ に対して,その外微分 $d\omega$ は次の $(k+1)$-形式として定義される: $$ d\left( \sum_J'\omega_Jdx^J \right)=\sum_J' d\omega_J \wedge dx^J $$ ここで $d\omega_J$ は関数 $\omega_J$ の微分である.より詳細には, $$ d\left( \sum_J'\omega_J dx^{j_1}\wedge\cdots\wedge dx^{j_k} \right) = \sum_J' \sum_i \frac{\partial \omega_J}{\partial x^i} dx^i \wedge dx^{j_1} \wedge \cdots \wedge dx^{j_k} $$ ここで,$i$ と $j$ の添字を入れ替え,$dx^j \wedge dx^i = -dx^i \wedge dx^j$ であることを使っている.
特に,滑らかな0-形式(実数値関数)$f$ の場合は $$ df = \frac{\partial f}{\partial x^i} dx^i $$ となり,これは $f$ の微分そのものである.
この定義を多様体に移すためには,次の性質を満たすことを確認する必要がある.
$\mathbb{R}^n$上の外微分の性質
- $d$ は $\mathbb{R}$ 上線形である.
- $\omega$ を滑らかな $k$-形式,$\eta$ を滑らかな $l$-形式とするとき, $$ d(\omega\wedge\eta)=d\omega\wedge\eta + (-1)^k \omega\wedge d\eta $$ が成り立つ.
- $d \circ d = 0$ である.
- $d$ は引き戻しと可換する:$U$ を $\mathbb{R}^n$ または $\mathbb{H}^n$ の開集合,$V$ を $\mathbb{R}^m$ または $\mathbb{H}^m$ の開集合,$F: U \to V$ を滑らかな写像,$\omega \in \Omega^k(V)$ とするとき, $$ F^*(d\omega) = d(F^*\omega) $$ が成り立つ.
これらの結果により,外微分の定義を多様体へ移植することができる.
外微分の存在と一意性
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.すべての $k$ に対して,外微分作用素 $d: \Omega^k(M) \to \Omega^{k+1}(M)$ が一意的に存在し,次の4つの性質を満たす:
- $d$ は $\mathbb{R}$ 上線形である.
- $\omega \in \Omega^k(M)$,$\eta \in \Omega^l(M)$ のとき, $$ d(\omega\wedge\eta)=d\omega\wedge\eta + (-1)^k \omega\wedge d\eta $$
- $d \circ d = 0$ である.
- $f \in \Omega^0(M) = C^\infty(M)$ のとき,$df$ は $f$ の微分であり,$df(X) = Xf$ で与えられる.
反微分作用素
$A = \bigoplus_k A_k$ が次数付き代数であるとき,線形写像 $T: A \to A$ が次数 $m$ の写像であるとは,すべての $k$ について $T(A_k) \subset A_{k+m}$ となる場合をいう.$T$ が反微分作用素(antiderivation)であるとは,任意の $x \in A_k$, $y \in A_l$ に対して $$ T(xy) = (T x) y + (-1)^k x (T y) $$ を満たす場合をいう.
前の定理は,関数上の微分が次数 $+1$ の反微分作用素として $\Omega^*(M)$ 全体に一意的に拡張され,その自乗がゼロになることをまとめている.
外微分のもう一つの重要な特徴は,すべての引き戻しと可換であることである.
外微分の自然性
$F: M \to N$ が滑らかな写像であるとき,各 $k$ について引き戻し写像 $F^*: \Omega^k(N) \to \Omega^k(M)$ は外微分 $d$ と可換する:任意の $\omega \in \Omega^k(N)$ に対して, $$ F^*(d\omega) = d(F^*\omega) $$
閉形式と完全形式
滑らかな微分形式 $\omega \in \Omega^k(M)$ が閉じているとは $d\omega = 0$ を満たす場合,完全であるとは $M$ 上の滑らかな $(k-1)$-形式 $\phi$ が存在して $\omega = d\phi$ となる場合をいう.
$d \circ d = 0$ であることから,すべての完全形式は閉形式になる.その逆は必ずしも成り立たない.これらの問いには後で再び戻り,閉形式は常に局所的には完全だが大域的には必ずしもそうではなく,与えられた閉形式が完全かどうかは多様体の大域的な性質に依存することを示す.
$\mathbb{R}^n$ 上の古典的なベクトル解析の演算子を思い出そう.Euclid勾配は $f \in C^\infty(\mathbb{R}^n)$ に対して $$ \mathrm{grad}\,f = \sum_{i=1}^n \frac{\partial f}{\partial x^i} \frac{\partial}{\partial x^i} $$ ベクトル場 $X \in \mathfrak{X}(\mathbb{R}^n)$ の発散は $$ \mathrm{div}\,X = \sum_{i=1}^n \frac{\partial X^i}{\partial x^i} $$ さらに,$n=3$ の場合,ベクトル場 $X \in \mathfrak{X}(\mathbb{R}^3)$ の回転も定義される. 興味深いことに,符号や項の順序を除けば,$d\eta$ の公式とベクトル場の発散の間にも強い類似性がある.これらの類似は,次のように厳密に定式化できる.
$\mathbb{R}^3$ 上のEuclid計量は,添字下げ同型 $\flat: \mathfrak{X}(\mathbb{R}^3) \to \Omega^1(\mathbb{R}^3)$ を与える.内積(interior multiplication)により,もう一つの写像 $\beta: \mathfrak{X}(\mathbb{R}^3) \to \Omega^2(\mathbb{R}^3)$ を次のように定義できる: $$ \beta(X) = X \lrcorner (dx \wedge dy \wedge dz) $$ $\beta$ は $C^\infty(\mathbb{R}^3)$ 上線形であることが容易に確認できるので,これは $TM$ から $\Lambda^2 T^*\mathbb{R}^3$ への滑らかな束準同型に対応する.$\beta$ は単射であり,$TM$ と $\Lambda^2 T^*\mathbb{R}^3$ はともにランク3の束なので,これは束同型となる.同様に,滑らかな束同型 $*: C^\infty(\mathbb{R}^3) \to \Omega^3(\mathbb{R}^3)$ を $$ *(f) = f\, dx \wedge dy \wedge dz $$ で定義する.これらの演算子の関係は,次の図式でまとめられる: $$ \begin{CD} C^\infty(\mathbb{R}^3) @>{\mathrm{grad}}>> \mathfrak{X}(\mathbb{R}^3) @>{\mathrm{curl}}>> \mathfrak{X}(\mathbb{R}^3) @>{\mathrm{div}}>> C^\infty(\mathbb{R}^3) \\ @V{\mathrm{Id}}VV @V{\flat}VV @V{\beta}VV @V{*}VV \\ \Omega^0(\mathbb{R}^3) @>>{d}> \Omega^1(\mathbb{R}^3) @>>{d}> \Omega^2(\mathbb{R}^3) @>>{d}> \Omega^3(\mathbb{R}^3) \end{CD} $$
これらのベクトル解析の演算子を $\mathbb{R}^3$ から高次元へ一般化したいという欲求が,微分形式の理論が発展した主な動機の一つである.特に,カール(回転)はベクトル場に対する演算子としては3次元でのみ意味を持つが,外微分は同じ情報を表現し,すべての次元で意味を持つ.
$d$ の定義で用いた座標表示とは別に,座標に依存しない形で記述できる $d$ の公式がもう一つ存在する.この公式は特に 1-形式の場合が最も重要であり,また最も簡単に述べて証明できる.まずはその場合から始める.
1-形式の外微分
任意の滑らかな1-形式 $\omega$ と滑らかなベクトル場 $X, Y$ に対して, $$ d\omega(X,Y) = X(\omega(Y)) - Y(\omega(X)) - \omega([X,Y]) $$
上式の応用例は後で見ることになる.ここではその最初の例を示す.この例は,外微分がある意味でLie括弧の双対であることを示している.特に,滑らかな局所フレームの基底ベクトル場のすべてのLie括弧が分かれば,双対な余ベクトル場の外微分を計算できること,逆もまた成り立つことを示している.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな $n$ 次元多様体とし,$(E_i)$ を $M$ 上の滑らかな局所フレーム,$(\varepsilon^i)$ をその双対コフレームとする.各 $i$ について,$b_{jk}^i$ をこのフレームにおける $\varepsilon^i$ の外微分の成分関数,$c_{jk}^i$ を Lie 括弧 $[E_j, E_k]$ の成分関数とする. $$ d\varepsilon^i = \sum_{j < k} b_{jk}^i \varepsilon^j \wedge \varepsilon^k, \quad [E_j, E_k] = c_{jk}^i E_i $$ このとき,$b_{jk}^i = c_{jk}^i$ が成り立つ.
高次形式への一般化はより複雑である.
高次形式の外微分
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$\omega \in \Omega^k(M)$ とする.任意の滑らかなベクトル場 $X_1, \ldots, X_{k+1}$ に対して,外微分 $d\omega$ の値は次のように与えられる: \begin{align} &d\omega(X_1,\ldots,X_{k+1}) \\ &=\sum_{1\leq i \leq k+1}(-1)^{i-1}X_i(\omega(X_1,\ldots,\widehat{X_i},\ldots,X_{k+1})) \\ &\quad +\sum_{1\leq i < j \leq k+1}(-1)^{i+j}\omega([X_i,X_j],X_1,\ldots,\widehat{X_i},\ldots,\widehat{X_j},\ldots,X_{k+1}) \end{align} ここで,ハット($\widehat{X_i}$)はその引数を省略することを表す.
$k=1$ の場合を除き,この公式は計算にはあまり役立たず,さらに深刻な欠点として,$d\omega$ の各点 $p$ でベクトル $(v_1,\ldots, v_k)$ への作用を計算するには,まずそれらを $p$ の近傍でベクトル場に拡張しなければならない.しかし,この公式には重要な理論的帰結もあるので,存在を知っておくことは有用である.
以前,滑らかなテンソル場のLie微分を計算するための公式を導出したが,これらは微分形式にも同様に適用できる.しかし,微分形式の場合,外微分はLie微分の計算に対してはるかに強力な公式を与え,理論的にも重要な帰結を持つ.以前と同様,簡単のため境界のない多様体の場合に議論を限定するが,これらの結果は境界付き多様体や境界に接するベクトル場にも容易に拡張できる.
まず,証明や計算の両方で有用となる単純な事実を述べておく:Lie微分はウェッジ積に関して積の法則(積分則)を満たす.
Lie微分の積の法則
$M$ を滑らかな多様体,$V \in \mathfrak{X}(M)$,$\omega, \eta \in \Omega^*(M)$ とする.このとき, $$ \mathcal{L}_V(\omega\wedge\eta) = (\mathcal{L}_V\omega)\wedge\eta + \omega\wedge(\mathcal{L}_V\eta) $$ が成り立つ.
次の定理はこの節の主結果であり,微分形式のLie微分に関する驚くべき公式を与える.この公式は,微分形式の理論を創始したフランスの数学者Élie Cartan(1869-1951)にまで遡る.
Cartanの魔法公式
滑らかな多様体 $M$ 上で,任意の滑らかなベクトル場 $V$ と任意の滑らかな微分形式 $\omega$ に対して, $$ \mathcal{L}_V\omega = V \lrcorner (d\omega) + d(V \lrcorner \omega) $$
Lie微分と外微分の可換性
$V$ を滑らかなベクトル場,$\omega$ を滑らかな微分形式とするとき, $$ \mathcal{L}_V(d\omega)= d(\mathcal{L}_V\omega) $$
多様体上の積分
これまでに余ベクトル場の線積分を導入し,通常の積分を多様体上の曲線に一般化した.本節では,多重積分も多様体へ一般化することが有用であることを述べ,その一般化を実際に行う.
この節の冒頭で示したように,滑らかな多様体上で関数の積分を座標に依存しない方法で定義することはできない.一方,微分形式は積分を本質的に定義するのにちょうどよい性質を持っていることが分かる.
この節の冒頭では,体積の測定に関する直感的な議論から始め,積分理論において交代テンソルが中心的な役割を果たす理由を動機付ける.ベクトル空間上の $k$-余ベクトルは「符号付き $k$ 次元体積計」として解釈できることが分かる.このことは,滑らかな多様体上の $k$-形式が,$k$ 次元部分多様体に「符号付き体積」を割り当てる方法として考えられることを示唆している.本節の目的は,この考え方を厳密に定式化することである.
まず,Euclid空間内の領域上で微分形式の積分を定義し,次に微分同相不変性と1の分割を用いて,この定義を向き付けられた$n$次元多様体上の$n$-形式へ拡張する方法を示す.定義の重要な特徴は,向きを保つ微分同相写像の下で不変であることである.
微分形式の積分の一般理論を展開した後,微分幾何学で最も重要な定理の一つであるStokesの定理を証明する.この定理は,微分積分学の基本定理や線積分の基本定理の一般化であり,ベクトル解析の三大古典定理(平面上のGreenの定理,空間における発散定理,および$\mathbb{R}^3$の古典的なStokesの定理)も含んでいる.さらに,この定理を「角を持つ多様体」に拡張し,これはde Rhamコホモロジーを扱う際に有用となる.
次に,これらの考え方がRiemann多様体上でどのように現れるかを示す.Riemann多様体上の発散定理や,面積分に対するStokesの定理のRiemann版を証明する.これらは古典的な定理の特殊な場合となる.
この節の最後では,積分の理論を非可換(非向き付け可能)な多様体にも拡張する方法を示す.そのために「密度」という概念を導入する.密度は,向き付けられた多様体だけでなく,任意の多様体上で積分できる場である.
de Rhamコホモロジー
これまでに「閉形式」と「完全形式」を定義した.滑らかな微分形式 $\omega$ が「閉じている」とは $d\omega = 0$ を満たすことであり,「完全である」とは $\omega = d\alpha$ の形に書けることである.$d \circ d = 0$ なので,すべての完全形式は自動的に閉形式となる.この節では逆の問いを考える:すべての閉形式は完全形式か?答えは一般には「いいえ」である.例えば,穿孔平面上の1-形式が閉じているが完全ではない.この「完全でない」原因は,定義域の中心に「穴」があることに関係しているように見える.より高次の形式については,どの閉形式が完全形式になるかは,多様体の「穴」の存在など,より微妙な位相的性質に依存する.この依存関係を定量化することで,多様体の新しい不変量「de Rhamコホモロジー群」が定義される.これが本節の主題である.
どの閉形式が完全形式であるかを知ることには,非常に重要な帰結がある.例えば,Stokesの定理は,$\omega$ が完全形式であれば,境界のない任意のコンパクト部分多様体上で $\omega$ の積分がゼロになることを意味する.以前の命題は,滑らかな1-形式が保存的であることと完全形式であることが同値であることを示している.
まず,de Rhamコホモロジー群の定義と,その基本的な性質(特に微分同相不変性)を示すことから始める.次に,この事実の重要な一般化を示す:de Rham群は実はホモトピー不変量であり,特に位相不変量であることが分かる.続いて,いくつかの簡単な場合でde Rham群を計算し,一般の定理(Mayer-Vietoris定理)を述べる.この定理は,多様体のde Rham群をその開部分集合のde Rham群で表すものである.これを用いて,球面のすべてのde Rham群やコンパクト多様体の最高次群を計算する.さらに,これらの考え方の位相幾何学への重要な応用として,連結でコンパクトかつ向き付け可能な滑らかな多様体間の任意の連続写像に,ホモトピー不変な整数(写像の次数)が付随することを示す.
閉じた1-形式 $$ \omega = \frac{xdy-ydx}{x^2+y^2} $$ は $\mathbb{R}^2 \setminus \{0\}$ 上では完全ではないが,右半平面 $H = \{(x, y) \mid x > 0\}$ のようなより小さな領域では完全であり,実際 $d\theta$ に等しい.
この節で見るように,この性質は典型的である:閉形式は常に局所的には完全であり,ある閉形式が完全かどうかは定義域の大域的な形状に依存する.この依存関係を定量化するため,次のように定義する.
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体,$p$ を非負整数とする.$d: \Omega^p(M) \to \Omega^{p+1}(M)$ は線形写像なので,その核と像は線形部分空間となる.次のように定義する: \begin{align} \mathcal{Z}^p(M) =& \mathrm{Ker}(d:\Omega^p(M) \to \Omega^{p+1}(M))=\{\text{$M$ 上の閉じた $p$-形式} \} \\ \mathcal{B}^p(M) =& \mathrm{Im}(d:\Omega^{p-1}(M) \to \Omega^p(M))=\{\text{$M$ 上の完全な $p$-形式} \} \end{align} 慣習として,$p < 0$ または $p > n = \dim M$ のときは $\Omega^p(M)$ を零ベクトル空間とみなす.例えば,$\mathcal{B}^0(M) = 0$,$\mathcal{Z}^n(M) = \Omega^n(M)$ となる.
すべての完全形式が閉じていることから,$\mathcal{B}^p(M) \subset \mathcal{Z}^p(M)$ である.したがって,de Rhamコホモロジー群を次数 $p$ で定義することができる.
de Rhamコホモロジー群
$M$ の $p$ 次de Rhamコホモロジー群は,次の商ベクトル空間として定義される: $$ H_{\text{dR}}^p(M) = \frac{\mathcal{Z}^p(M)}{\mathcal{B}^p(M)} $$
これは実ベクトル空間であり,特にベクトル加法に関して群となる.厳密には「de Rhamコホモロジー空間」と呼ぶ方が適切かもしれないが,他のコホモロジー理論では通常群しか得られないため,伝統的に「群」という用語が使われている.ただし,これらの「群」は実ベクトル空間であることに注意する.$p < 0$ または $p > \dim M$ の場合,$\Omega^p(M) = 0$ なので $H_{\text{dR}}^p(M) = 0$ となる.$0 \leq p \leq n$ のとき,定義より $H_{\text{dR}}^p(M) = 0$ となるのは,$M$ 上のすべての閉じた $p$-形式が完全である場合に限る.
まず最初に示すべき重要な事実は,de Rhamコホモロジー群が微分同相不変量であることである.
コホモロジークラス
任意の閉じた $p$-形式 $\omega$ に対し,$[\omega]$ を $H_{\text{dR}}^p(M)$ における $\omega$ のコホモロジークラスと呼ぶ.もし $[\omega] = [\omega']$(すなわち,$\omega$ と $\omega'$ が完全形式の差である)ならば,$\omega$ と $\omega'$ はコホモロジー的に同値(cohomologous)であるという.
コホモロジー群の誘導写像
任意の滑らかな写像 $F: M \to N$(境界の有無を問わない滑らかな多様体間)に対し,引き戻し $F^*: \Omega^p(N) \to \Omega^p(M)$ は $Z^p(N)$ を $Z^p(M)$ へ,$B^p(N)$ を $B^p(M)$ へ写す.したがって,$F^*$ は $H_{\text{dR}}^p(N)$ から $H_{\text{dR}}^p(M)$ への線形写像(誘導コホモロジー写像)として定義できる.この写像は次の性質を持つ:
- $G: N \to P$ がもう一つの滑らかな写像のとき, $$ (G \circ F)^* = F^* \circ G^* : H_{\text{dR}}^p(P) \to H_{\text{dR}}^p(M) $$
- $\mathrm{Id}$ を $M$ の恒等写像とすると,$\mathrm{Id}^*$ は $H_{\text{dR}}^p(M)$ の恒等写像である.
次の2つの系はすぐに従う.
関手性
任意の整数 $p$ に対し,$M \mapsto H_{\text{dR}}^p(M)$,$F \mapsto F^*$ という対応は,境界付き滑らかな多様体の圏から実ベクトル空間の圏への反変関手となる.
コホモロジー群の微分同相不変性
微分同相な滑らかな多様体(境界の有無を問わない)は,同型な de Rham コホモロジー群を持つ.
de Rham群を直接計算することは一般には容易ではない.しかし,いくつかの特別な場合には様々な手法によって簡単に計算できる.この節では,そのような場合のいくつかを説明する.まずは互いに素な和集合の場合から始める.
互いに素な和集合のコホモロジー
$\{M_j\}$ を可算個の(境界の有無を問わない)滑らかな $n$ 次元多様体の族とし,$M = \bigsqcup_j M_j$ をその互いに素な和集合とする.各 $p$ に対して,包含写像 $\iota_j: M_j \hookrightarrow M$ は $H_{\text{dR}}^p(M)$ から直積空間 $\prod_j H_{\text{dR}}^p(M_j)$ への同型写像を誘導する.
この命題より,非連結多様体の各de Rham群は,その各連結成分のde Rham群の直積になる.したがって,今後は連結多様体のde Rham群の計算に集中すればよい.
次に,次数0のde Rhamコホモロジーの明示的な特徴付けを与える.
次数0のde Rhamコホモロジー
$M$ を(境界の有無を問わない)連結な滑らかな多様体とすると,$H_{\text{dR}}^0(M)$ は定数関数全体の空間に一致し,したがって1次元である.
次数0の多様体のコホモロジー
$M$ が $0$ 次元多様体であるとする.このとき,$H_{\text{dR}}^0(M)$ は $M$ の各点ごとに1次元のベクトル空間の直積となり,その他のde Rhamコホモロジー群はすべて零となる.
この節では,系の深い一般化を提示する.その驚くべき帰結の一つは,de Rhamコホモロジー群が実は位相不変量であるということである.実際には,それ以上のものであり,ホモトピー不変量である.つまり,ホモトピー同値な多様体は同型なde Rham群を持つことになる.
de Rhamコホモロジーのホモトピー不変性
$M$ および $N$ が(境界の有無を問わない)滑らかな多様体でホモトピー同値であるとき,各 $p$ について $H_{\text{dR}}^p(M) \cong H_{\text{dR}}^p(N)$ となる.これらの同型写像は,任意の滑らかなホモトピー同値 $F: M \to N$ によって誘導される.
すべての同相写像はホモトピー同値であるため,次の系は直ちに従う.
de Rhamコホモロジーの位相不変性
de Rhamコホモロジー群は位相不変量である:$M$ および $N$ が(境界の有無を問わない)同相な滑らかな多様体であるとき,それらのde Rhamコホモロジー群は同型となる.
この結果は驚くべきものである.なぜなら,$M$ の de Rham 群の定義はその滑らかな構造と密接に関係しており,同じ位相多様体上の異なる微分構造が同じ de Rham 群を与えるとは予想できなかったからである.
ホモトピー不変性を利用して,いくつかの de Rham 群を計算することができる.まず,ホモトピー同値の最も単純な場合から始める.
収縮可能な空間
位相空間 $X$ が収縮可能であるとは,$X$ の恒等写像が定数写像とホモトピックである場合をいう.
収縮可能な空間のde Rhamコホモロジー
$M$ が(境界の有無を問わず)収縮可能な滑らかな多様体であるとき,すべての $p \geq 1$ について $H_{\text{dR}}^p(M) = 0$ となる.
以前,$\mathbb{R}^n$ の星型開集合上の任意の閉じた1-形式が完全であることを示した(ここで,$\mathbb{R}^n$ の部分集合 $U$ が星型であるとは,ある点 $c \in U$ に対して,任意の $x \in U$ について $c$ から $x$ への線分が $U$ に全て含まれる場合をいう).次の定理はこの結果をすべての次数の形式に一般化したものである.一見すると星型領域は特別な場合のように思えるが,この定理はde Rhamコホモロジーに関する最も重要な事実の一つである.
Poincaréの補題
$U$ が $\mathbb{R}^n$ または $\mathbb{H}^n$ の星型開集合であるとき,すべての $p \geq 1$ について $H_{\text{dR}}^p(U) = 0$ となる.
閉じた形式の局所的な完全性
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.$M$ の各点には,その近傍上のすべての閉じた形式が完全となるような近傍が存在する.
Euclid空間と半空間のde Rhamコホモロジー
任意の整数 $n \geq 0$ および $p \geq 1$ について,$H_{\text{dR}}^p(\mathbb{R}^n) = 0$ および $H_{\text{dR}}^p(\mathbb{H}^n) = 0$ である.
de Rhamコホモロジーについてもう一つ多くを語れる場合がある.それは次数1の場合である.$M$ を連結な滑らかな多様体,$q$ を $M$ の任意の点とする.$\mathrm{Hom}(\pi_1(M, q), \mathbb{R})$ を,$\pi_1(M, q)$ から加法群 $\mathbb{R}$ への群準同型全体の集合とする.これは,準同型の点ごとの加法と定数倍によってベクトル空間となる.次のような線形写像 $$ \Phi: H^1_{\mathrm{dR}}(M) \to \mathrm{Hom}(\pi_1(M, q), \mathbb{R}) $$ を定義する:コホモロジークラス $[\omega] \in H^1_{\mathrm{dR}}(M)$ に対し, $$ \Phi[\omega][\gamma]=\int_{\tilde{\gamma}}\omega $$ と定める.ここで,$\gamma$ は $\pi_1(M, q)$ の任意の経路ホモトピー類,$\tilde{\gamma}$ はその経路ホモトピー類を表す任意の区分的に滑らかな曲線である.
1次de Rhamコホモロジーと基本群
$M$ を連結な滑らかな多様体とする.各 $q \in M$ に対して,線形写像 $$ \Phi: H^1_{\mathrm{dR}}(M) \to \mathrm{Hom}(\pi_1(M, q), \mathbb{R}) $$ はwell-defined,かつ単射である.
系より,$M$ が単連結であれば $H^1_{\mathrm{dR}}(M) = 0$ となることが従う. 次の系はこの結果を一般化したものである.
$M$ が連結な滑らかな多様体で,その基本群が有限であるとき,$H^1_{\mathrm{dR}}(M) = 0$ となる.
開部分多様体の和として多様体を表すことで,そのde Rhamコホモロジー群を計算できる一般的な定理を述べる.この定理を用いて,球面や穿孔Euclid空間のすべてのde Rhamコホモロジー群,およびコンパクト多様体の最高次コホモロジー群を計算する.
定理の準備を述べる.$M$ を境界の有無を問わない滑らかな多様体とし,$U, V$ を $M$ の開部分集合で $M = U \cup V$ とする.次の4つの包含写像がある: $$ \begin{CD} U @>{k}>> M \\ @A{i}AA @AA{l}A \\ U \cap V @>>{j}> V \end{CD} $$ これらは微分形式上の引き戻し写像(制限写像)を誘導する: $$ \begin{CD} \Omega^p(U) @>{i^*}>> \Omega^p(U \cap V) \\ @A{k^*}AA @AA{j^*}A \\ \Omega^p(M) @>>{l^*}> \Omega^p(V) \end{CD} $$ また,対応するコホモロジー群への誘導写像も得られる.これらの引き戻し写像は実際には単なる制限であることに注意する(例えば,$k^*$は$M$上の形式を$U$へ制限する).次のような写像の列を考える: $$ 0 \to \Omega^p(M) \xrightarrow{k^*\oplus l^*} \Omega^p(U)\oplus\Omega^p(V) \xrightarrow{i^*-j^*} \Omega^p(U \cap V) \to 0 $$ ここで, \begin{align} (k^* \oplus l^*)\omega =& (k^*\omega, l^*\omega) \\ (i^* - j^*)(\omega,\eta) =& i^*\omega - j^*\eta \end{align} 引き戻し写像は $d$ と可換なので,これらの写像は対応する de Rham コホモロジー群上の線形写像へと降りる.
Mayer-Vietorisの定理の記述では,次のような標準的な代数的用語を用いる.
完全列
ベクトル空間と線形写像の列が与えられているとする: $$ \cdots \to V^{p-1} \xrightarrow{F_{p-1}} V^p \xrightarrow{F_p} V^{p+1} \xrightarrow{F_{p+1}} V^{p+2} \to \cdots $$ このような列が完全であるとは,各写像の像が次の写像の核に等しい場合をいう:すべての $p$ について, $$ \mathrm{Im}\, F_{p-1}=\mathrm{Ker}\, F_p $$
Mayer-Vietorisの定理
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とし,$U, V$ を $M$ の開部分集合で $M = U \cup V$ とする.各 $p$ に対して,線形写像 $\delta: H_{\text{dR}}^p(U \cap V) \to H_{\text{dR}}^{p+1}(M)$ が存在し,次の列($U, V$ の開被覆に対するMayer-Vietoris列)は完全となる: $$ \cdots \xrightarrow{\delta} H_{\text{dR}}^p(M) \xrightarrow{k^* \oplus l^*} H_{\text{dR}}^p(U) \oplus H_{\text{dR}}^p(V) \xrightarrow{i^* - j^*} H_{\text{dR}}^p(U \cap V) \xrightarrow{\delta} H_{\text{dR}}^{p+1}(M) \xrightarrow{(k^* \oplus l^*)} \cdots $$
Mayer-Vietorisの定理を用いることで,球面のすべてのde Rhamコホモロジー群を簡単に計算できる.
球面のde Rhamコホモロジー
$n \geq 1$ のとき,$n$ 次元球面 $\mathbb{S}^n$ の de Rham コホモロジー群は次のようになる: $$ H_{\text{dR}}^p(\mathbb{S}^n) = \begin{cases} \mathbb{R} & (p = 0, n) \\ 0 & (\text{それ以外}) \end{cases} $$ 任意の滑らかな向き付け形式のコホモロジークラスは $H_{\text{dR}}^n(\mathbb{S}^n)$ の基底となる.
穿孔Euclid空間のde Rhamコホモロジー
$n \geq 2$ のとき,$x \in \mathbb{R}^n$ として,$M = \mathbb{R}^n \setminus \{x\}$ とする.$M$ の非自明な de Rham コホモロジー群は $H^0_{\mathrm{dR}}(M)$ と $H^{n-1}_{\mathrm{dR}}(M)$ のみであり,いずれも1次元である.$M$ 上の閉じた $(n-1)$-形式 $\eta$ が完全であることと,$M$ 内の $x$ を中心とする任意の $(n-1)$ 次元球面 $S$ に対して $$ \int_S \eta = 0 $$ が成り立つことは同値である.
$n \geq 2$ のとき,$U \subset \mathbb{R}^n$ を任意の開集合,$x \in U$ とする.このとき, $$ H^{n-1}_{\mathrm{dR}}(U \setminus \{x\}) \neq 0 $$ である.
de Rhamコホモロジー群の位相不変性の重要な応用を紹介する.次元の不変性に関する定理を思い出そう.この純粋に位相的な定理が,de Rhamコホモロジーを用いて証明できるというのは驚くべき事実である.定理の証明に先立ち,ここでその内容を再掲する.
次元の不変性
非空の $n$ 次元位相多様体は,$m$ 次元多様体と同相になることはない(ただし $m \neq n$).
系のもう一つの応用として,コンパクト台を持つ形式に対するPoincaréの補題の一般化を証明する.この結果は,後で最高次コホモロジー群を計算する際に用いる.
コンパクト台を持つPoincaréの補題
$n \geq p \geq 1$ とする.$\omega$ を $\mathbb{R}^n$ 上のコンパクト台を持つ閉じた $p$-形式とする.$p = n$ の場合は,さらに $\int_{\mathbb{R}^n} \omega = 0$ であると仮定する.このとき,$\mathbb{R}^n$ 上のコンパクト台を持つ滑らかな $(p-1)$-形式 $\eta$ が存在して,$d\eta = \omega$ となる.
場合によっては,コンパクト台を持つ形式のみを用いてde Rhamコホモロジー群を一般化することが有用である.
コンパクト台を持つde Rhamコホモロジー
$M$ を(境界の有無を問わない)滑らかな多様体とする.$\Omega_c^p(M)$ を $M$ 上のコンパクト台を持つ滑らかな $p$-形式全体のベクトル空間とする.$M$ のコンパクト台を持つ $p$ 次de Rhamコホモロジー群は,次の商ベクトル空間として定義される: $$ H_c^p(M)=\frac{\mathrm{Ker}(d:\Omega_c^p(M) \to \Omega_c^{p+1}(M))}{\mathrm{Im}(d:\Omega_c^{p-1}(M) \to \Omega_c^p(M))} $$
もちろん,$M$ がコンパクトな場合,これは通常のde Rhamコホモロジーと一致する.しかし,非コンパクト多様体の場合,両者の群は異なることがあり,次の定理がその例を示している.
コンパクト台を持つde RhamコホモロジーとEuclid空間
$n \geq 1$ のとき,$\mathbb{R}^n$ のコンパクト台を持つ de Rham コホモロジー群は次のようになる: $$ H_c^p(\mathbb{R}^n) = \begin{cases} \mathbb{R} & (p = n) \\ 0 & (0 \leq p < n) \end{cases} $$
一般に,滑らかな写像はコンパクト台を持つ形式をコンパクト台を持つ形式へ引き戻すとは限らないので,コンパクト台を持つコホモロジー上の写像を誘導することはできない.しかし,proper(固有)写像の場合は,コンパクト台を持つ形式をコンパクト台を持つ形式へ引き戻すことができるので,properな滑らかな写像 $F: M \to N$ に対しては,各 $p$ について誘導されるコホモロジー写像 $F^*: H_c^p(N) \to H_c^p(M)$ が存在する.
コンパクト台を持つコホモロジーは,代数的位相幾何学において重要な応用が多数ある.特に重要な応用例の一つは,Poincaré双対性定理である.
もう一つの応用は,最高次のde Rhamコホモロジーの計算を容易にすることである.まず,$M$が向き付けられた滑らかな$n$次元多様体であると仮定する.$M$上のコンパクト台を持つ滑らかな$n$-形式全体から実数への自然な線形写像 $$ I(\omega)=\int_M \omega $$ が積分によって定義される.コンパクト台を持つ$(n-1)$-形式の外微分の積分はゼロになるため,$I$は$H^n_c(M)$から$\mathbb{R}$への線形写像として定義できる(すべての滑らかな$n$-形式は$n$次元多様体上で閉じていることに注意).
向き付けられた多様体のコンパクト台を持つ最高次コホモロジー
$M$ を連結な向き付けられた滑らかな $n$ 次元多様体とすると,積分写像 $I: H^n_c(M) \to \mathbb{R}$ は同型写像であり,したがって $H^n_c(M)$ は1次元である.
向き付けられた多様体の最高次コホモロジー
$M$ を連結な向き付けられたコンパクト滑らかな $n$ 次元多様体とすると,$H^n_{\mathrm{dR}}(M)$ は1次元であり,任意の滑らかな向き付け形式のコホモロジークラスによって張られる.
向き付けられた多様体の非コンパクト最高次コホモロジー
$M$ を連結な向き付けられた非コンパクト滑らかな $n$ 次元多様体とすると,$H^n_{\mathrm{dR}}(M) = 0$ である.
次に非向き付け可能な場合を考える.$M$ が非向き付け可能な滑らかな多様体であるとき,そのコホモロジー群を調べる鍵は,向き付け被覆 $y: W \to M$ である.有限枚数の被覆写像は固有写像であるため,$y$ はコンパクト台を持つde Rhamコホモロジーと通常のde Rhamコホモロジーの両方に対してコホモロジー写像を誘導する.
非向き付け可能な多様体の最高次コホモロジー
$M$ を連結な非向き付け可能滑らかな $n$ 次元多様体とすると,$H^n_c(M) = 0$ および $H^n_{\mathrm{dR}}(M) = 0$ である.
参考文献
- [Lee02] John M. Lee, "Introduction to Smooth Manifolds", Springer, 2013.
- [Tu11] Loring W. Tu, "An Introduction to Manifolds", Springer, 2011.
- [Nakahara03] Mikio Nakahara. "Geometry, Topology and Physics [Second Edition]", CRC Press, 2003.
- [松本88] 松本幸夫, "多様体の基礎", 東京大学出版会, 1988.
- [中原18] 中原幹夫, "理論物理学のための幾何学とトポロジーI [原著第二版]", 日本評論社, 2018.